予定外の恋と登記簿の罠
午後四時の訪問者
その日も例によって、書類と電話と印鑑に追われていた。時間は午後四時。ふと入口のドアが控えめにノックされた。開けると、控えめな身なりの女性が立っていた。どこか所在なげな目が印象的だった。
売買契約書に書かれた違和感
依頼内容は、彼女の亡き叔父の家を売却したいというものだった。提出された売買契約書には特に大きな不備はなかった。だが、登記簿を確認してすぐ、何かが胸に引っかかった。あの住所、どこかで見た気がする。
やけに上機嫌なサトウさん
「シンドウさん、その書類、私が処理しておきますね」 サトウさんは、いつもより少しだけ柔らかい口調で言った。いや、笑ってるように見えるのは気のせいか?めずらしいなと思いながらも、任せてしまうあたりが俺の悪い癖だ。
共有名義に隠された関係
登記簿をよく見ると、件の家は二人の名義になっていた。叔父と、そして見慣れない女性の名前。依頼人の話では「叔父は生涯独身だった」と言っていた。じゃあ、この女性は誰なのか?
二年前の登記履歴
過去の登記履歴を取り寄せた。そこには驚くべき変更が記録されていた。二年前、名義が単独から共有へと変更されている。そして共有者の女性の名前は、どこかで聞いたことのある苗字だった。
亡き所有者の隠された遺言
翌日、依頼人が「家の中からこんなものが出てきたんです」と差し出したのは、自筆証書遺言だった。法的には無効だったが、その文面には「家を彼女に残したい」と書かれていた。彼女とは、一体誰だったのか。
再婚相手は誰だったのか
調べるうちに、叔父は晩年、内縁関係にあった女性と静かに暮らしていたらしい。だがその関係は、親族には一切伏せられていた。依頼人もそのことを初めて知ったようで、ショックを受けていた。
愛と相続と嘘の構図
叔父の死後、依頼人は急いで売却の手続きを進めたという。だが共有者の存在を知らず、単独で売却契約を結んでしまった。恋と財産が複雑に絡み合い、まるでキャッツアイのラブとトラップのようだと思った。
サトウさんの鋭いツッコミ
「それ、完全に無効ですよ。契約、白紙に戻さなきゃですね」 サトウさんは冷静に、そして淡々と言い放った。俺は書類を見ながら頷いたが、その眉間のしわの深さに、自分の甘さを痛感していた。
やれやれ、、、またか
「やれやれ、、、登記簿の中にはいつも愛と争いが詰まってるな」 俺は一人、湯呑の緑茶をすすりながら呟いた。サザエさんの波平のように、何も知らずに進めていたら全部ひっくり返るところだった。
謄本の片隅にあった秘密
その後の調査で、共有者の女性はすでに高齢で施設に入っていることがわかった。連絡を取り、意思確認のうえ、彼女の意思で売却手続きを整えることになった。謄本の片隅に記された旧姓が、全ての鍵だった。
解決と告白と無言の別れ
最終的に家は正式に売却され、共有者である女性にも配分された。依頼人は少し複雑な表情で礼を述べ、帰っていった。その背中に、ふと「おじさん、幸せだったのかな」と呟く声が聞こえた。
恋は予定通りにはいかない
「予定外だったんですね、あの恋も」 俺の言葉に、サトウさんは一度だけ、珍しく笑った。ほんの少し、笑ったような気がした。でも次の瞬間には、もういつもの塩対応に戻っていた。
サトウさんの塩対応に戻る日
「それより、次の決済準備してください」 俺が口を開く前に、すでに資料を手渡されていた。やれやれ、、、俺の恋も予定外にしておこう、と心の中でぼやいた。
書類棚の奥に残った名刺
すべてが終わった後、書類棚を整理していたら、あの女性の名刺が一枚、ふと出てきた。裏には手書きで「ありがとう」の文字。誰にも見られないように、そっと名刺を引き出しの奥にしまった。