静かな朝の法務局
蝉の鳴き声が響く夏の朝、法務局のロビーはいつものように静かだった。用件を済ませる人々がぽつぽつと並ぶ中、私は登記の手続きを確認するため書類を抱えていた。いつもと変わらぬルーティン――のはずだった。
見慣れた窓口の違和感
ふと、窓口に現れた男に目が止まった。スーツ姿で愛想も良く、手際よく申請書を提出していた。だが、その姿にはどこか違和感があった。顔立ちは整っているのに、まるで仮面を被っているように生気が感じられないのだ。
見た目と名前が一致しない依頼人
男の提出した申請書には、旧家の相続登記の申請が記されていた。だが、申請人の氏名を見たとたん、胸騒ぎがした。私の記憶にあるその名前の持ち主は、もっと小柄で、眼鏡をかけていたはずなのだ。まさか、別人?
記録の中の不自然な点
事務所に戻る道すがら、私は違和感を抱えたままスマホで過去の登記記録を検索していた。数年前の相続放棄の記録に、その名前が残っていたことを思い出したのだ。これは、偶然では済まされない。
登記簿謄本に現れた矛盾
謄本を取り寄せると、確かにその人物が数年前に登記上の権利を放棄した記録が残っていた。にもかかわらず、今回の申請では同じ人物が再び相続人として登場している。何かがおかしい。これは二重登記か、それとも…?
法務局職員の微妙な証言
私は法務局の窓口担当の職員に話を聞きに行った。職員はしばらく考えた後、「あの人、少し前にも来てましたね。何か急いでる感じでしたけど…でも顔はよく覚えてません」と、歯切れが悪い。これはますます怪しい。
サトウさんの推理
帰所後、私はため息混じりにサトウさんに話を聞いてもらった。「登記簿の記録と、申請人の顔が合わないんだ」と言うと、彼女は一瞥しただけで「そりゃなりすましでしょう」と即答した。やれやれ、、、私よりずっと早い。
冷静な視点と鋭い直感
彼女は登記書類をめくりながら、「この印鑑証明書、自治体が出してるように見えて実は偽造かも」と冷静に指摘した。見ると、印影の部分に微妙なズレがあり、フォントも怪しい。素人目には分からないレベルだ。
偽装のパターンを読み解く
「たぶん、申請者本人じゃない。書類はうまく作ってあるけど、微妙に違和感が出てる」とサトウさんは断言した。あまりに自然すぎる偽造は、逆に不自然になるのだという。まるで江戸川コナンの犯人みたいに。
再び現れた依頼人
翌日、再びその男が窓口に現れた。私は陰から様子をうかがっていたが、見れば見るほど、何かを隠しているようにしか見えない。だが堂々としており、まるで自分が本物のように振る舞っていた。
サトウさんの作戦と対応
サトウさんはにっこりと営業スマイルを浮かべ、「この前の書類、不備が見つかりまして」と男を応接室に誘導した。彼女の用意した罠には、印鑑証明と本人確認の再提出が仕込まれていた。あとは、役者の芝居を見ている気分だ。
見破られた偽の身元
応接室で戸惑う男に対し、サトウさんが一言。「この実印、あなたじゃなくて亡くなったお兄さんのものですね?」男は沈黙した。印影と登記記録の照合が決め手となり、男はついに観念した。やれやれ、、、大人しくしてればよかったものを。
真相と動機
男は、兄の死後に家族から排除され、財産分与を巡って疎外感を抱いていたという。偽名で申請をし、登記をすり替えようとした動機は、恨みと損得の混ざったものだった。人の感情とは、登記簿には記されないものだ。
なりすましの理由
「兄がすべてを取った。せめて土地だけでも」と語る男の言葉には、後悔と怒りが滲んでいた。だが、それを正当化するには法律の壁は高い。法務局の窓口で、彼は“見た目”だけでは超えられない境界を越えてしまった。
遺産相続と家族の確執
結局、真の相続人たちは正式な手続きをやり直すことになった。争いの種は除かれたが、家族の絆はもう戻らないかもしれない。司法書士としてできることは、せいぜい書類を整えることだけだった。
事件の終幕
事務所に戻った私は、冷えた麦茶を飲み干しながら椅子にもたれた。サトウさんはすでに次の案件に取り掛かっている。私はそっと呟いた。「やれやれ、、、元野球部の直感が通用する時代じゃないな」
本物の相続人の登場
数日後、真正な相続人が来所し、涙を浮かべながら感謝の言葉を述べた。「兄の顔に騙されかけた」と。あのとき、窓口で感じた違和感は、やはり正しかった。シンドウの“うっかり”も、たまには役に立つらしい。