静かな依頼人
事務所に現れた黒づくめの老婦人
ある日、午後三時。シンドウ司法書士事務所のドアが静かに開いた。全身黒ずくめの老婦人が現れ、その手には古びた封筒が握られていた。 「これ、主人の遺言書なんですけど……本物でしょうか?」と、少し震えた声で言った。
遺言の検認と奇妙な一言
サトウさんが受け取ったその封筒は、見た目こそ古びていたが、中の紙はやけに新しかった。 「この紙、あまりに白いですね。書かれた日付と一致しないかも」 老婦人は一瞬うつむき、ぽつりと呟いた。「あの人は…本当のことを最後に言ったんでしょうか…?」
二人の司法書士
サトウさんの冷静な分析
サトウさんは、例によってパタパタとヒールの音を立てつつ資料を調べ、即座に指摘する。 「印影が微妙に違いますね。これは朱肉の違いというより、別人の可能性もあります」 目を見開いたシンドウは、少しだけ焦った表情を見せる。
シンドウのうっかりと気づき
「そういえば、オレ、前にこのご主人の印鑑証明、登記のとき使ったぞ…!」 過去の書類を引っ張り出してきたシンドウは、そのうちの1通に目を凝らした。 「……あれ?この“の”のクセ、同じだと思ったら、違うじゃないか…!」と、珍しく声を張った。
遺言書の謎
本物は一通だけ
机の上には二通の遺言書。どちらも本人の署名と押印があり、内容も似ている。 だが、片方には「長年世話になった者へ」とだけ記され、もう一方には具体的な名前があった。 「これは…“怪盗キッド”と“工藤新一”のような関係だな…」と、シンドウがポツリと呟いた。
筆跡と印影の食い違い
筆跡鑑定士にかけるまでもなく、サトウさんの目は鋭く違和感をとらえていた。 「これ、筆跡ソフトで見ると“止め”が全然違うんですよ。遺言書Bは、誰かが真似て書いた可能性が高いです」 シンドウは口をあんぐり開けた。「やれやれ、、、またややこしいことに…」
「彼女」が遺したもの
もう一つの封筒
老婦人が最後に取り出した封筒には、なんと音声データが保存された小さなICレコーダーが入っていた。 「これ、亡くなる前の日に録音したものです」 再生すると、そこには「財産は息子と彼女に半分ずつ」という、明瞭な男の声が残されていた。
明かされる養子の存在
その「彼女」とは、実は長年同居していたが籍を入れていなかった内縁の女性であり、法的には他人だった。 しかし、養子縁組の書類が数年前に提出されていたことが法務局の記録から判明する。 「うっかりでも、出すべき書類はちゃんと出しておくもんだな……」と、シンドウがしみじみと呟いた。
嘘のない証言
看護師の告白
入院していた病院の看護師が現れ、「あの夜、彼は“やっと遺言を出せた”と笑っていた」と証言した。 「紙よりも声の方が、あの人らしかった」とも語った。 それを聞いた老婦人の目に、涙がにじんでいた。
ビデオレターの真実
実はICレコーダーの他に、動画も存在していた。それは病室のカメラが偶然残していた記録だった。 そこには確かに本人が遺言の内容を読み上げている姿が映っていた。 「録音と動画。どっちが本物かじゃない。両方が、あの人の“本音”だったんだ」と、シンドウが締めくくった。
法の裏と表
登記の順番と遺留分
遺言がどうあれ、登記や相続の手続きは法律に従う。 しかしその中にも“人としてのけじめ”がある。 「法律ってのはね、やさしさをどう入れるかなんですよ」と、サトウさんがぼそっと言った。
シンドウの渋い決断
結局、偽造の遺言書は廃棄され、正規のものとして録音と養子縁組の書類に基づいた手続きが取られた。 「登記完了通知が来たら、報告に来てください」と、サトウさんがそっけなく言う。 シンドウは静かに頷いた。「…やっぱ、あんたがいて助かるよ」
真犯人の登場
偽造を企てた男
財産を独り占めしようとしたのは、実の息子だった。 彼は父の死後すぐに偽造した遺言を作成し、老婦人を騙して持ち込ませたのだ。 だが全ては、あまりに“用意が良すぎた”ことが裏目に出た。
裁判所を舞台にした対決
偽造と証拠隠滅で彼は告発され、簡易裁判が開かれた。 サトウさんの証言と、提出された映像が決定打となった。 「ドラマなら無罪になってたかもな。現実はそう甘くない」と、シンドウがポツリ。
サトウさんの推理劇
アリバイ崩しの逆転劇
録音と映像の時間が、偽造された遺言の日付と一致していなかった。 「どうやってあの遺言が“先に”作られたことにしたんですか?」 サトウさんの言葉に、被告の顔がひきつった。
遺言の裏にあった感情
真実が明らかになった今、遺言にはただの財産分与以上の意味が宿っていた。 「本当は、全部渡したかったんでしょうね。“彼女”に」 そう言って微笑んだ老婦人の表情に、ほんの少し、救いが見えた。
静かに閉じる相続の扉
財産より大切なもの
手続きが終わったあと、老婦人は一礼して帰って行った。 封筒だけが、事務所の机の上に残されていた。 中には、「ありがとう」と書かれた一枚の手紙があった。
シンドウ、涙を隠して
「うぅ…花粉かな」と、鼻をすすりながらシンドウは背を向けた。 サトウさんはそんな姿に目もくれず、静かに次の案件ファイルを開いた。 「ほら、まだ次あるんでしょ、先生」
やれやれ、、、今日もまた一件落着
サトウさんのひと言が刺さる
「やれやれ、、、今日も書類は山のようだ」 「それ、毎日言ってますよ」サトウさんは淡々と返す。 「でもまあ……今日のは、ちょっと、沁みたな」シンドウは小さく笑った。
書類の山と夕暮れと
日が傾き、事務所の窓から柔らかい光が差し込んでいた。 山積みの書類の向こうに、何かが終わった静けさが漂っていた。 そしてまた、次の依頼者がドアをノックした――。