ラテアートの泡に沈む登記

ラテアートの泡に沈む登記

登記完了のご褒美はカフェの香り

午前中、相続登記の完了報告を終えた私は、ひと息つくべく事務所近くのカフェ「クレマ」に向かった。重いドアを開けると、漂ってくるエスプレッソの香りに思わず眉が緩む。苦さと甘さのバランスは、この仕事には不可欠なものだ。

気づけばこの場所も、もう通い始めて3年になる。仕事に疲れた時、失恋した時、印紙を買い間違えた時、いや、これはつい先週の話か。

カフェモカよりも濃い疲労感

椅子に腰を下ろし、背もたれに体を預ける。数日前から続く抵当権抹消のやり直しに精神が削られていた。「登記簿と現況が一致していない」との電話が昨日の夜に来たのだ。そう、またあの不動産会社の案件だった。

サトウさんの冷たい一言が沁みる

「カフェ行ってる場合じゃないんじゃないですか?」と、出かけにサトウさんが冷ややかに言った。まあ、正論だ。だが休息も仕事のうちと言いたい。……いや、違うか。

常連客の不穏なラテアート

運ばれてきたカフェラテには、ハートのラテアートが描かれていた。だが、その輪郭が少し歪んでいる。いや、それは気のせいかもしれない。

ふと隣の席を見ると、見慣れた中年の男が何かを隠すようにカップを持っていた。視線を感じたのか、彼はぎこちなく笑った。

消えた葉っぱ模様

その日、店員がポツリと漏らした。「さっきの人、ラテの模様が消えてるって怒ってました」。ラテの泡が消えたくらいで怒るとは、小市民的だと思ったが、なぜかその言葉が引っかかった。

「あの席には近づかないで」

数日後、再びそのカフェを訪れると、あの席には「予約席」と書かれた札が。だが聞けば、誰も予約などしていないという。不思議に思いながらも、私はあえてその席に座った。

依頼人と店主の奇妙な関係

「この登記、店主の旧姓のままで依頼が出てます」と、先週の依頼人の女性が事務所にやってきた。話を聞くと、その旧姓はカフェの店主のもので、どうやら離婚してからも旧姓を使っていたらしい。

登記簿とカフェの過去がつながる

私は思い出した。数年前、店主の離婚に関する登記を扱ったことがある。夫婦で共同経営していた店を、妻名義に変更したのだ。だが、今のままでは書類に不整合がある。

旧姓のままになっていた謎

「なぜ旧姓を?」と依頼人に尋ねると、「あの人、私の名前を使ってるんです」と一言。登記上は妻が所有者だが、実質は店主が全て仕切っているらしい。これが何かの隠れ蓑になっていなければいいが……。

ラテに浮かんだ一行のメッセージ

再びカフェに向かい、今度はカウンター席に座った。ラテを頼むと、泡の上に小さな文字が描かれていた。「契約書はカウンターの裏に」。目を疑ったが、あれは確かに、カカオパウダーで描かれていた。

カップの底に潜む真実

店主が席を外した隙に、私はカウンターの裏に回った。そこには、古い土地賃貸借契約書と、数通の手紙があった。「やれやれ、、、まるでキャッツアイの仕掛けだな」と独りごちた。

サトウさんの推理はミルクより切れ味鋭く

事務所に戻り、サトウさんに経緯を話すと、即座に言われた。「名義貸しですね。形式上は奥さんがオーナー。でも実質的には店主が全てを動かしてる。税務署が見たら真っ青ですよ」

登記書類に残された日付の罠

私は再び登記簿を確認した。名義変更の日付と、離婚届の日付が一致していなかった。わざとずらして提出した可能性がある。これは、確信犯だ。

元野球部の記憶が役に立つ瞬間

高校時代、キャッチャーをしていた頃、相手のサインのクセを読む癖がついた。店主の署名も微妙に字体が変わっている。つまり、ある時期だけ誰か別人が代筆していた。

もう一杯のラテと崩れたアリバイ

再訪したカフェで、私は意図的に前回と同じ席で同じラテを注文した。すると、泡に「ようこそ」と書かれていた。前回と違いすぎる字体。やはり店主以外の手が加わっている。

時間指定のラテ注文票

「この時間帯だけ、別の人が作ってます」と店員が言った。注文票には、特定の時間だけ字体が変わっている痕跡が残っていた。これが偽装のカギだ。

「一緒にいたと言ったのは嘘ですね」

依頼人に連絡を入れると、店主のアリバイを証言していたはずの知人が証言を覆した。「本当はその日、会ってません」。アリバイは、カフェのラテと同じく、泡のように消えた。

登記と珈琲と嘘の名前

すべての証拠がそろい、私は再登記の手続きを進めた。今回は正当な名義人に戻す。あのラテの泡の一文字がなければ、気づかなかったかもしれない。

不正名義と旧姓使用のからくり

旧姓を使い続けることで、法的な責任の所在を曖昧にしていた。だが、登記には記録が残る。過去の名義と現状の矛盾が、この事件の発端だった。

ラテの泡に沈んだ証拠

証拠品として、泡に描かれたメッセージの写真を保存していた。サトウさんが「念のためです」と言って撮っておいたのだ。まったく、塩対応のくせに気が利く。

書類と一緒に廃棄された記憶

契約書は破棄されかけていた。危うく見逃すところだったが、あの泡の一言が導いてくれた。書類が真実を語らなくなっても、ラテの泡は語っていたのだ。

サトウさんの沈黙とぼくのひと仕事

事件が終わり、ふたりでカフェを訪れた。サトウさんはいつものように無言だったが、帰り際に「まあ、役には立ちましたね」とだけ言った。たぶん、それが最高の賛辞だ。

結局書き直しになる登記

まるで人生みたいに、何度もやり直し。登記も、関係も。だが、真実がきちんと残るなら、それでいい。そう思った。

カウンター越しの静かな結末

今朝もまた、カフェのカウンターに腰掛けている。ラテの泡はきれいなハート型だ。事件は終わったけれど、日常はまだ続いていく。

謎は解けたが心は少し苦い

司法書士としての仕事は、事件というより生活の縁をつなぐ作業なのだろう。苦い後味も、次の一杯のためのスパイスだ。

でもまたラテを飲みに来よう

やれやれ、、、今日も書類は山積みだ。でも、この泡の一文字を見ていると、少しだけ希望が湧いてくる。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓