登記簿裏返しの顔
朝の書類に紛れた違和感
僕の机の上には、今日も判で押したように同じような申請書類が積まれている。だが、その中の一通が、まるで波平の髪の毛が二本あるような違和感を放っていた。所有者の名前が、過去の登記記録と微妙に違っている気がしたのだ。
二つの地番と一人の依頼人
相談者は地元でも有名な地主で、「この土地と、こっちの隣も、ついでに名義変更してくれんかね?」と気軽に言った。だが、登記簿を確認すると、その「隣」がすでに別の名義人の所有になっていた。しかも同じ日付で登記がされている。
サトウさんの無表情な分析
「この登記、二重になってますね。申請人の印鑑も微妙に違う気がします」 サトウさんが、例によって表情を変えずに言った。まるで名探偵コナンの灰原がひと言ボソリと真相をつぶやくような、その一言で場の空気が変わった。
抹消登記の影に潜む人物
以前に行われたはずの抹消登記が、実際には法務局のデータ上で無効とされていた。つまり、今の登記簿はまるで「削除されなかったセーブデータ」のように、重複して存在していたのだ。しかも意図的に。
怪しいのは登記簿か依頼人か
地主の態度が少しずつ変わってきた。「なんでそんなに細かく見るんだい?」とイラつき始めたのだ。そこにこそ、何か後ろ暗いものがあると、僕の中で警鐘が鳴る。とはいえ、確証がない。
旧法務局跡地の記録
当時の登記原本はまだ紙で保存されていたらしく、旧法務局の倉庫跡地に一部が残されていた。僕はその記録を調べに行った。ダニとホコリにまみれながら、昔の公図と照合すると、ある明らかな不整合が浮かび上がった。
写しと原本に見えた決定的違い
写しでは確認できなかった筆界点が、原本には書き込まれていた。しかも手書きで、まるでドラえもんののび太が適当にテストを改ざんしたかのように、不自然な修正がされていた。誰かが手を加えていたのだ。
サザエさん方式でひも解かれる証拠
「フネさんの戸籍謄本と、波平さんの印鑑証明が両方とも正しいとして、でも家族構成が合わないのよ」 例によって、サトウさんの例え話は分かるような分からないような例だったが、核心をついていた。つまり、書類のどこかに”カツオ”が紛れ込んでいたのだ。
消された連名と不在の申請人
登記簿の備考欄に、かつて連名で登記されていた名前がかすかに読み取れた。だが現在のデータにはその痕跡すら残っていない。そして今回の申請書には、その名前の人の印鑑もなければ委任状もない。
シンドウのうっかりから生まれた突破口
コピー機の設定を間違え、裏表両面印刷してしまったことが、結果的に別の旧登記簿の裏面のメモを発見するきっかけとなった。そこには手書きで「取消無効申立中」と書かれていたのだ。うっかりも時に役立つ。
やれやれ、、、またかよと呟きながら
僕は机に頬杖をつきながら、深くため息をついた。「やれやれ、、、これがもう一人の顔ってわけか」 依頼人の本当の目的は、すでに抹消された地権を再登記し、売却することだったのだ。二重登記を逆手に取ろうとした手口だった。
登記簿の裏にいたもう一人の顔
裏切っていたのは、昔の共同名義人であり、今の依頼人の兄だった。その男は裏で手を引き、弟にすべての責任を押し付けようとしていた。だが、その痕跡は裏返された登記簿にすべて残っていた。
真犯人の語る不動産トリック
「昔の登記制度がザルだったのが悪いんだよ」と兄は吐き捨てた。だが、僕たち司法書士にとっては、今も昔も書類一枚が命取りだ。法務局に提出された訂正申請が、彼を追い詰めた。
サトウさんの塩対応と微かな賞賛
「まあ、今回はわりとちゃんと役に立ちましたね」 サトウさんの口ぶりはいつも通り塩だったが、あの「わりと」の一言に、少しだけ誇らしさを感じた。元野球部としては、ギリギリで逆転サヨナラホームランを打った気分だ。
一件落着と次の依頼の予感
事務所の電話が鳴る。別件の相続登記の相談だという。今日もまた、トリックと書類の渦に巻き込まれるのだろう。僕は背筋を伸ばし、いつものように言った。「はい、司法書士のシンドウです」