はじまりは一通の封筒
ポストに届いた差出人不明の書類
その朝、事務所のポストに届いていたのは、茶封筒一通。表には僕の名前だけが達筆で書かれていた。中を開けると、黄ばんだ委任状と、砂時計の絵が描かれた名刺サイズのカードが入っていた。 「また面倒くさそうなのが来ましたね」と背後でサトウさんがつぶやく。あいかわらずの塩対応だが、心なしか興味を引かれている様子だ。 カードには「会いたい人がいます」という一文だけ。まるで『ルパン三世』の予告状みたいだ。
古びた登記簿と不可解な委任状
昭和の日付が今も生きている
委任状には昭和62年の日付。にもかかわらず、登記は未処理のままになっていた。依頼の目的も不明だが、使われた印鑑と署名は本物に見える。 「この委任者、既に亡くなってるっぽいですよ」とサトウさんが調査ファイルを読み上げる。そのくせ、手はもう次の資料を探しに動いている。 やれやれ、、、僕の出番はまだ先のようだ。
「委任者死亡」と書かれた謎のメモ
委任状の裏に貼られたメモには、「委任者死亡済」とだけ書かれていた。筆跡は委任状と同じではない。つまり誰かが後から貼り付けたということだ。 「こんなにわかりやすい証拠、逆に怪しいですね」とサトウさん。確かに、まるで犯人がヒントをばら撒いているようだ。 怪盗キッドだったら、煙玉でも残して去っていっただろうが、今回は紙一枚だ。
司法書士会の資料室にて
砂時計と灰皿だけが置かれた部屋
司法書士会の古文書室には、古びた書棚と砂時計、そして使い古された灰皿が置かれていた。空間の空気がどこか停滞している。 「これが“砂時計の部屋”ってやつかもしれませんね」と僕が言うと、「ネーミングセンス、昭和ですよ」とすかさずサトウさんに突っ込まれる。 だが、この空間には何かが眠っている、そんな気がした。
煙草の匂いと古紙のざらつき
古紙をめくると、微かに煙草の匂いが漂う。どうやら、昔の誰かがここで長時間過ごしていた形跡があるようだ。 ざらついた紙の感触が指に残る。登記の足跡は、まるで誰かの記憶を辿るように静かに浮かび上がってきた。 そこに書かれていたのは、住所変更の申請が途中で止まったままの記録だった。
依頼人はすでに行方不明
やれやれ、、、またこのパターンか
市役所に問い合わせると、委任状の名義人は昭和の終わりごろに死亡届が出されていた。現住所もなく、親族の足取りもつかめない。 「また幽霊登記っぽいですね」とサトウさんがため息をつく。僕も深く同意しかけて、ふと黙り込む。 やれやれ、、、この町では、死者すら登記に利用されるのか。
旧姓を名乗る謎の女性
その日の夕方、一本の電話が鳴った。声の主は「旧姓で構いません、会ってお話しを」と言った。まるでドラマのワンシーンのようだ。 指定された喫茶店に行くと、待っていたのは地味な服を着た中年の女性。手には、同じ砂時計のカードを持っていた。 「兄が昔、ここで働いていたんです」と彼女は語り始めた。
一枚の登記事項証明書がすべてを語る
相続人になりすました誰か
登記簿の履歴を詳しく見ると、不自然な空白があった。名義変更が行われるべき時期に、何も記載がされていなかったのだ。 「ここ、おかしいです。たぶん一度処理されて消された記録があります」とサトウさん。つまり、書類の“存在しない過去”があった。 それはまるで『名探偵コナン』の黒塗りの車と同じ、不自然な空間だった。
戸籍ロンダリングという手口
女性の証言と照合し、判明したのは“戸籍ロンダリング”だった。身内を装って戸籍を横流しし、名義を移す。そして土地を奪う。 「自分の名前を他人に貸すなんて、もはや存在の切り売りですね」とサトウさんがつぶやく。 恐ろしいのは、それがたった数枚の紙と印鑑で成立してしまうことだった。
サトウさんの推理とカフェオレ
塩対応の中にある優しさ
「これ、犯人は女性の兄じゃないですか?」とサトウさんが言った。「ただ、彼女は利用されていただけ。真犯人は最初から逃げる気満々だった」 僕は頷きながら、彼女が持ってきたカフェオレを受け取った。塩対応だが、時々こうして優しさがにじみ出るから困る。 「たまには褒めてくださいよ」と言ったら、「じゃあ年末に考えます」と言われた。
「この記載、わざとですよね」
「登記簿のこの空欄、誰かがわざと空けたんですよ」とサトウさんが指摘した。その部分は見落とされやすいが、注意深く見れば意図的な“空白”だ。 それがこの事件の“鍵”だった。砂時計のように、見えない粒が落ちる音を感じた瞬間だった。 真実は書類に隠されていた。ただし、読む側の“目”がなければ見えない。
真犯人との対峙と砂時計の逆転
午前11時きっかりの再訪
翌日、再び喫茶店で女性と会うと、隣には彼女の兄がいた。まるで自ら出頭するような、堂々とした態度だった。 だが、僕が委任状の“裏の記録”を突きつけると、その顔色がみるみる変わった。 「あなたが書いた、“死亡済”のメモ。筆跡鑑定、出してあります」と伝えると、彼は静かに視線を落とした。
「あのときの嘘、そろそろ精算しませんか?」
「あなたの嘘で、家族も書類もめちゃくちゃになった」と僕は言った。女性は黙ったまま、ハンカチを握りしめていた。 「精算してください。登記も、記憶も、ちゃんと元に戻すべきです」 それが、僕ら司法書士の最後の一押しだった。紙の上の正義だが、それでも意味はある。
結末とその後
委任状に残された意志
委任状は廃棄されたが、事件の記録として謄本にその痕跡は残された。書類は破られても、事実は残る。 女性は「本当に、ありがとうございました」と深く頭を下げて帰っていった。その姿が妙に小さく見えた。 それが、僕の今日の報酬だ。
最後は登記簿がすべてを語った
事件が解決した夕方、事務所に戻ると、またポストに封筒が入っていた。今度は青い便箋。差出人はなし。 「やれやれ、、、次は何が出てくるんだか」とつぶやく僕に、サトウさんが言った。「またルパンの仕業だったりして」 さて、次の“犯人”は誰だ?