序章 謄本に潜む違和感
それは、ありふれた空家の登記依頼から始まった。依頼人は五十代の男性で、兄の死亡に伴って実家の名義を自分に変更したいというものだった。だが、机の上に置かれた登記簿謄本には、微かな違和感が残った。
古びた登記簿と一通の依頼書
書類自体は整っている。印鑑証明、戸籍、住民票、すべてに不備はなかった。だが、目を凝らすと、登記簿のある一行に不自然な空白があった。「登記識別情報」欄の一部が欠けていたのだ。プリンターのミスか、それとも——。
サトウさんの冷たい指摘
「シンドウさん、これ……前回の登記、されてませんよね?」
パソコンの画面を指差しながら、サトウさんが眉ひとつ動かさずに言った。彼女の指摘に僕は目を丸くした。確かに、相続を経た後の名義変更が見当たらない。
第1章 空家に忍び寄る不審な影
依頼人に確認すると、兄の死後、土地は自動的に自分のものになったと思っていたという。だが、それは錯覚だ。相続登記をしていなければ、法律的には兄の名義のままだ。
元所有者の謎の失踪
「兄は三年前に突然いなくなったんです」と依頼人は語った。失踪届が出され、七年前の遺産分割協議書があるという。それなのに、登記は放置されたままだった。それが今回の依頼の発端だ。
地番と所在の不一致
調べてみると、登記簿の地番と、実際に依頼人が住んでいる場所とで、微妙にズレがあった。「こんなことってあります?」と僕がぼやくと、サトウさんが「あなただから見逃したんでしょうね」とあっさり返してきた。
第2章 通常ではありえない地役権の罠
さらに読み込んでいくと、その登記簿には「地役権設定」の記載があった。だが、対象となる土地の地番が存在しない。まるで幽霊地番だ。こんな不整合、僕の経験でもめったにお目にかかれない。
妙な法務局職員の反応
「あの土地ですか……あまり深入りしないほうが」
法務局で尋ねた職員が、やや神妙な顔で言った。あの言い回し、どこかで聞いた気がする。まるで『名探偵コナン』の冒頭、毛利小五郎が何かに気づいた時のような空気だった。
やれやれ、、、また面倒なことに
正直、疲れた。登記簿一つでここまで引っかかるとは。
「やれやれ、、、面倒なことに首を突っ込んじまったかな」
思わず独り言が口をつく。だが、ここで引き下がったら司法書士の名が廃る。
第3章 真夜中の登記簿謄本
その晩、事務所に残って過去の登記簿謄本を精査していた。数十年前の記録に、不自然な改ざん跡を見つけたのだ。上書きされた文字が、UVライトにかすかに反応した。
未記載の抹消事項を発見
その土地には一度、仮登記で名義が移されていた形跡があった。だが、本登記には至っていない。そして、その仮登記が抹消された記録もない。不完全なまま残っている。
古い公図に残された痕跡
次に、昭和初期の公図を取り寄せた。そこには現地に存在しないはずの「井戸」が描かれていた。そして、その井戸の真上に、現在の家屋が建っている。何かが埋まっているのか?
第4章 元所有者の兄からの電話
翌朝、事務所に一本の電話がかかってきた。依頼人の「兄」からだった。死んだはずの人物が、生きていた。何かがおかしい。彼は名義変更に同意した覚えはないと言う。
語られなかった相続トラブル
話を聞くうちに、兄弟間で深刻なトラブルがあったことが明らかになった。相続の際、兄が家屋の名義を譲ることに反対していたらしい。遺産分割協議書は偽造されていた。
鍵を握るのは売買契約書
真相を突き止める鍵は、依頼人が隠し持っていた古い売買契約書だった。それには、現所有者の名前が印字されていたが、署名欄には別人の筆跡があった。
第5章 サトウさんの静かな怒り
「あなた、これ……騙されてますよ」
サトウさんが低い声で呟いた。その瞳には珍しく怒りが宿っていた。彼女が本気になるとき、それは本当にやばい案件の証だ。
証拠が足りないと突き返されて
警察に相談したが、確たる証拠がないと動いてくれなかった。書類のコピーだけでは、誰も本気にしない。それでも、司法書士には証明できる道がある。法と記録の力だ。
過去の登記が現在を歪める
古い登記が歪められていたことで、現在の所有権が虚構に基づいていたことが明らかになっていった。法務の世界では、過去はいつでも牙をむく。
第6章 決定的な矛盾とひとつの推理
ある矛盾が、僕の中で膨らんだ。印鑑証明の日付と、名義変更日が一致していない。それも3日も早い。つまり、まだ取得していない印鑑証明を、誰かが使っていた。
名義変更日と印鑑証明のズレ
区役所に確認すると、印鑑証明の発行はその名義人の代理人でなければできないはずだ。だが、その日は依頼人が不在だったことが明らかになった。
シンドウのうっかりが真実を導く
「あ、でもあの日、うちにコピー機壊れてましたよね?」
僕の思いつきに、サトウさんが目を細めた。そこに不在証明の抜け道がある。うっかりしていたからこそ、逆に真実が見えた。
最終章 登記簿に眠る牙が目を覚ます
依頼人は登記詐欺の容疑で逮捕された。司法書士が提出した登記記録と、筆跡鑑定の結果が決定打となった。登記簿に潜んでいた牙が、ようやく目を覚ました。
暴かれる偽装相続の構図
すべては、遺産を独占したい弟の偽装だった。兄の失踪を利用し、登記を自分に移し、売却寸前だった。だが、司法書士の職務は甘くなかった。
司法書士の一打が事件を終わらせる
「たまには活躍するでしょ?」
書類の束を差し出しながら言うと、サトウさんは「いつもこれぐらいなら楽なんですけど」と淡々と返してきた。
終幕 サバイバルを生き抜いた証
この仕事、地味だけど時に命懸けだ。今回もギリギリで噛みつかれる前にしのげた。そう、まるで牙を持った登記簿のサバイバル。
サトウさんの無言の称賛
「シンドウさん、今夜はカップ麺じゃなくていいですよ」
その一言が、今日の僕への最高のご褒美だった。やれやれ、、、また少し寿命が縮んだかもしれない。
登記簿の奥にまたひとつの闇
登記簿は過去の記録だ。だがその記録が、未来を狂わせることもある。今日もまた、謄本をめくりながら、僕は新たな闇に気づいてしまったかもしれない。