杭の位置がずれている
朝一番の電話は、やけに語気の強い男性からだった。「うちの境界杭が動いてるんです!」と食い気味に言われても、こちらとしてはまず現地を見なければ始まらない。依頼人は隣地とのトラブルを抱えているようで、測量ミスでは済まなさそうな雰囲気だった。
境界杭がずれるのは珍しくない。地震や工事、場合によってはイタズラ。しかし今回は「誰かが意図的に抜いて動かした」という断言が気にかかった。まるで杭が語りかけてくるような、不穏な始まりだった。
依頼人の不安と怒り
現地に赴くと、依頼人の男性が真っ赤な顔で待っていた。彼は杭の前で地団駄を踏み、「ここが昔は十センチ北だった」と叫ぶ。「十センチですか」と思わず口にしてしまったが、土地の争いはミリ単位でも火種になるのが現実だ。
周囲は静かな住宅街。だがその静けさが逆に何かを隠しているように感じられた。杭は確かに新しいセメントで埋め戻された形跡がある。誰かが最近手を加えたのは間違いない。
境界杭が語る違和感
私はしゃがみこんで杭の周辺を調べた。セメントの色が微妙に周囲と違う。しかも、杭の傾きが本来の設置方向と逆になっていた。そんな小さな違和感が、この事件の糸口だった。
まるで杭が「ここじゃない」と訴えているようだった。やれやれ、、、杭にまで訴えられる時代になったか、とひとりごちる。事務員のサトウさんは、現場写真を撮りながら冷ややかに言った。「杭が喋るなら、先生いらないですね」
現地調査と謎の足跡
現場近くの砂利道には、小さな足跡がいくつか残っていた。住宅街なのに、なぜかゴム長靴の跡。雨は数日前だったはずだが、まだくっきりと残っていた。誰かが夜中に作業でもしていたのだろうか。
足跡は杭のあたりで止まり、そこから逆方向に折れていた。不審者が何かをして、そして何かに驚いて逃げたような軌跡だった。私は思わず、某怪盗アニメのワンシーンを思い出した。こんな夜の現場で変装でもしていたら、もはや推理マンガの世界だ。
土に残る不自然な跡
杭の周辺の土を軽く掘ると、古い根っこの間に明らかに人工的な形をした「石」があった。いや、石ではなく、誰かが意図して埋めた何か。古いガムテープの断片がまとわりついており、明らかに過去の工作が伺える。
これは杭を抜いて、何かを隠すための細工だった可能性がある。ただの境界トラブルではなく、土地を巡る小さな犯罪の匂いがした。
古い測量図の矛盾
事務所に戻り、昔の測量図を確認した。地積測量図の一部が消えかかっていたが、サトウさんがスキャンして画像補正をかけた結果、驚くべき事実が浮かび上がった。杭の位置は確かに変更されていたのだ。
しかも、元の杭位置は現状より十センチ北だった。依頼人の主張は正しかった。だが、問題はそこからだった。地積図の縮尺が変えられている。誰かが、登記と実測をわざとずらすように企んでいた形跡があった。
登記と現況の食い違い
登記上の地番も少し怪しい動きがあった。近年、この土地が相続された直後に、境界確定がなぜか見送られている。登記官のメモには「隣地と合意形成困難のため一時保留」と記されていた。
境界の確定が止まることで、ある者にとっては“都合のいい曖昧な空間”が生まれる。誰かがその“曖昧さ”を利用したのだとしたら、これは立派な意図的な隠蔽工作だ。
サトウさんの冷静な一言
私があれこれ仮説を立てていると、サトウさんがぼそっと呟いた。「杭を抜いた理由、土地の中に何か埋まってたんじゃないですか?」彼女の目は、私より鋭かった。
やれやれ、、、またもや一歩先を越された。私はうっかり屋で、サトウさんは鋭利なナイフのような頭脳を持っている。なんだか自分がアシスタントのような気さえしてくる。
司法書士より鋭い女
現場で見つけたガムテープの断片を分析した結果、地元のスーパーで使われている業務用のものと一致。スーパーの裏手がちょうど隣地で、どうやらそこに勤める人物が怪しい。
サトウさんは、スーパーの勤怠記録と防犯カメラの位置まで把握しており、そこに映った映像から足跡の主の服装まで割り出した。私はただ、「名探偵サトウ」と呟くばかりだった。
杭の下から出てきたもの
改めて杭を外し、慎重に地中を掘り返すと、封筒に包まれた古い手紙と土地の権利証の写しが出てきた。写しには「売買無効を主張する」と赤字で書かれていた。
どうやら、かつての所有者が死の直前に隠したものであり、その内容を知った何者かが、証拠隠滅のために杭を動かしたようだった。やはり、杭は真実を語っていたのだ。
元所有者の手紙
手紙にはこう書かれていた。「この土地はだまし取られた。いつか真実が明らかになるよう、杭の下にこの証を埋める」 まるで時を超えた声が、今になって届いたようだった。
私はそれを読みながら、杭を戻す。静かな地面が、ようやく本来の境界を取り戻したように見えた。
やれやれやっと真実が見えた
土地を盗もうとした者、証拠を埋めた者、それを見抜いた事務員。色んな思惑が杭の周囲に絡まっていたが、ようやく一本の線に繋がった。地味で地道な事件だったが、誰かの声を拾うことができた。
やれやれ、、、この仕事に派手な活躍はないけれど、杭一本がこんなにも深い意味を持つとは思わなかった。杭を見つめると、まるで「ありがとう」とでも言われたようだった。
真犯人と過去の因縁
封筒の中には、ある隣地住人の名が書かれていた。彼は相続時に登記変更を拒み、境界に干渉していた人物だった。法的手段をちらつかせたところ、観念したのか全てを認めた。
結局、犯人は過去に杭の移動で利益を得ていた元所有者の親族だった。金では買えないものを、彼は杭の一本で手に入れようとしていたのだ。
解決そして事務所にて
帰りの車内で、私はサトウさんに言った。「今回は君の勝ちだな」 彼女は苦笑しながらも、「先生、毎回負けてますよ」と塩対応で返してきた。
事務所に戻ると、いつものようにコーヒーの香りが漂っていた。境界杭は静かに語った。嘘も、欲も、そして真実も。その声を聞けるのが、司法書士の役目なのかもしれない。