深夜零時の公証人
深夜の電話と封筒
その夜、私は珍しく早めに布団に入っていた。外は秋雨前線の影響で肌寒く、事務所の窓には雨粒がリズムを刻んでいた。
そんな矢先、電話が鳴った。非通知。こういうのに限って、厄介な案件が多い。
案の定、声の主は「至急、登記関係のことで立ち会ってほしい」と、どこか切羽詰まった様子だった。
呼び出された公証役場
指定された場所は、市内の古びた公証役場。こんな時間に?と眉をひそめながらも、車のエンジンをかけた。
「やれやれ、、、」とひとりごちた頃には、もう助手席にサトウさんが乗っていた。
「何してるんですか、早く行きますよ」と、彼女の塩対応はいつも通りだった。
やれやれ、、、と重い腰を上げて
役場の前に着くと、灯りがついている。不気味な静けさと、微かに揺れる蛍光灯の明かり。
古いアニメなら、ここで怪盗がひょっこり現れて「今宵はいい月ですね」とでも言い出しそうな雰囲気だ。
そんな妄想を振り払いながら、私はゆっくりと扉を開けた。
書類の中の違和感
日付の空欄と謎の委任状
机の上には一式の登記書類が広げられていた。しかし、どれも日付が空白のまま。
さらに妙な委任状が添えられていた。宛先は確かに司法書士である私に向けられているが、差出人の署名が不自然だった。
サトウさんは一目見るなり「フォントが違いますね」と淡々と指摘した。
公証人の不在と電気の灯り
役場の中に、公証人の姿はなかった。受付にはまだ温かさの残るコーヒーが置かれている。
誰かがついさっきまでいたのは間違いない。しかし、防犯カメラの映像は途中で切れていた。
「犯人、じゃない。関係者がデータを消したんでしょうね」とサトウさんがぽつりと言った。
サトウさんの推理開始
サザエさん式推理法の発動
「こういう時は一度、サザエさんのエンディングに戻ってみるのがいいんです」と彼女が言った。
何のことかと思えば、時系列を逆にたどって情報を整理するという、逆転の発想だった。
なるほど、サトウ式サザエメソッドは伊達ではない。
登記記録の過去を洗い出す
私のスマホの登記簿データベースから過去5年の履歴を呼び出した。
すると、この物件は1ヶ月前にも所有権移転がなされていた。それも夜間に、公証人の同席で。
「まるで幽霊登記ですね」とサトウさんが呟いた。私は思わず背筋が寒くなった。
二重登記の影と署名の謎
同一人物の異なる筆跡
筆跡鑑定アプリを用いて、提出された署名を過去のデータと照合すると、奇妙な結果が出た。
同姓同名、同じ生年月日、だが筆跡が完全に異なるのだ。
これは単なる「書き損じ」では済まされない。
旧名義人の幽霊
さらに調べると、元の所有者は既に死亡していることが戸籍謄本から判明した。
「死人が登記するなんて、さすがにありえませんよ」とサトウさんが首をかしげる。
いや、ありえる。偽造委任状と電子証明書を使えば、不可能ではない。
暴かれる夜のトリック
立会人の嘘
その場にいたはずの立会人Aは、既に解任されていた元職員だった。
どうやら、内部犯による協力があったらしい。私たちは裏口の記録簿を確認し、署名が偽造された時間帯を割り出した。
それは、私たちが到着するわずか1時間前だった。
暗証番号と電子公証の罠
犯人は電子公証システムの脆弱性を突いて、既に発行されていたデジタル証明書をコピーして使用していた。
つまり、物理的に公証人がいなくても「いた」ように見せることができたのだ。
「紙より怖いのは、今はログですね」とサトウさんが鋭く言い放った。
真相とサトウの一言
犯人は紙の裏にいた
最終的に、決定的証拠は提出された委任状の裏にあった。
そこには、元職員の名前と、見慣れた筆跡で「これで最後だ」と走り書きされていた。
まるで怪盗キッドの予告状のような終わり方に、苦笑いするしかなかった。
やっぱりシンドウさんは詰めが甘いですね
事件は解決したものの、私は最後の一歩まで踏み込めなかった。
サトウさんは書類を片付けながら、いつものように言った。
「やっぱりシンドウさんは詰めが甘いですね。まぁ、そこがサザエさんっぽくていいんですけど」