朝一番の不審な依頼
朝の8時50分、事務所のドアが開くと同時に、場違いなスーツ姿の男が飛び込んできた。サトウさんが睨むような視線を送る中、男は小さな声で言った。「この転出証明、急ぎで取りたいんです」。依頼内容は住民票に関するものだが、何かがひっかかった。
名前の名乗りもあいまい、委任状もどこか不自然。だが本人確認書類は確かに揃っている。なんともモヤモヤする出だしだった。
「シンドウ先生、確認だけでも……」とサトウさんが小声で耳打ちした時点で、面倒の匂いを察知していた。
謎の転出証明書を求める男
「とにかく急いでいるんです」と男は何度も繰り返した。転出先は都内の高級マンション。だが、元の住所は空き家として知られるボロアパート。おかしい。
本人確認書類と住民票の内容にズレはない。だが、何かを隠している雰囲気だけは消せなかった。
「念のため、過去の附票も取っておきますね」と私が言うと、男は一瞬、眉をピクリと動かした。
サトウさんの不機嫌な朝
「朝から怪しいやつ来ましたね」とサトウさんはコーヒーを入れながら言った。しかも砂糖もミルクも入れないというストイックさ。
「あの人、履歴詐称してるかもですね。住民票、細かくチェックしません?」と彼女は提案した。私はすでにそのつもりだった。
サザエさんの波平なら「こらシンドウ!さっさと調べんか!」と怒鳴りそうな状況だ。だが私は波平じゃない、あくまで凡人だ。
記録に残された違和感
区役所から取り寄せた住民票の除票と附票。すると、確かに妙な動きが見えてきた。1ヶ月前に「転入」してすぐ、「転出」している。
しかもその住所、かつて事件があった現場近くの空き家だ。通常の引っ越しでは考えられない速さと不自然さ。
サトウさんが目を細めて、「これ、他人の名義借りてるんじゃ?」とぽつりとつぶやいた。
住民票コードの矛盾
住民票コードの履歴には、奇妙なブランクがあった。まるで一時的に「幽霊」となったかのように、記録が飛んでいる。
調べを進めると、3年前に失踪届を出された人物の名前と一致することが判明した。まさか、と思った。
「いやいや、ルパン三世じゃあるまいし……」と私がつぶやくと、サトウさんは「それ、軽犯罪じゃすまないですよ」と返してきた。
住所にいない住人の名前
旧住所の大家に電話してみると、「そんな人、見たこともない」との返答だった。やはり現地を確認すべきだ。
私は午後から登記情報と照らし合わせながら、現地へと足を運ぶことにした。サトウさんは「一人で行かないでくださいね」と冷静に言ったが、私はあえて一人で動いた。
「やれやれ、、、こういうのが一番疲れる」と心の中でこぼしながら、チャリにまたがった。
シンドウのしぶしぶ調査開始
古びたアパートの前に立つと、まるで時が止まったような空気を感じた。誰も住んでいない。郵便受けにはチラシすらない。
玄関ポストには1通だけ、差出人不明の封筒が突っ込まれていた。中には白紙の住民票が、捏造されたような文字で書かれていた。
私はポストを写真に収め、念のため手袋でそれを回収した。なんだか、まるで名探偵コナンになった気分だ。
古い戸籍附票が語る真実
事務所に戻ってサトウさんと検討すると、戸籍附票の住所変遷が通常では考えられない点を示していた。
つまり、第三者が他人の名前を使って転入転出を繰り返し、登記や行政手続きを不正に行っていた可能性がある。
「これ、相続登記に使われたらマズいです」とサトウさんが眉をひそめた。「というか、もう使われてるかもしれません」
「やれやれ、、、」とつぶやきながらの訪問
私は改めて不動産登記を照会し、空き家の登記簿に奇妙な変更を発見した。名義が、先の失踪者名に変わっていたのだ。
「こりゃ、完全にアウトですね」と私は小さくつぶやいた。まるでキャッツアイが描いた贋作のように、すべてが偽りだらけだった。
法務局に事実確認を求め、同時に警察への連絡も視野に入れた。司法書士としては限界だが、見過ごすことはできない。
旧住所の大家の証言
再び大家に連絡を取り、警察立ち合いのもと現地調査を実施。ポストの封筒から指紋も検出され、ついに偽装の主が特定された。
それはなんと、数年前に免職された元行政職員だった。内部知識を悪用し、書類上の人間を作り上げていたのだ。
「こんなことに住民票が使われるなんて、真面目に生きてるのがバカらしくなりますね」と私は言った。
住民票が照らす真犯人
犯人は、亡くなった兄の名義を用いて不動産を横領しようとしていた。遺産分割協議書も偽造されていた。
「今後、こういう事件が増えそうですね」とサトウさんがため息をついた。確かに、書類は万能のようで脆い。
私は心の中で「やれやれ、、、」と三度目の嘆息をもらした。司法書士とは、まったく因果な商売だ。
決着のとき
最終的に、警察が動き出し、犯人は詐欺未遂と公文書偽造の疑いで逮捕された。私は証拠提出と経緯説明のため、調書を数時間かけて作成した。
夕方、ようやく解放された私は事務所に戻り、椅子に沈み込んだ。「なんでこうなるんですかね、毎度毎度」とつぶやくと、
「それが司法書士の醍醐味ってやつですよ」とサトウさんはコーヒーを差し出した。砂糖なし、ミルクなし、そしてやっぱり苦い。
サトウさんのさりげないフォロー
「次はもう少し平和な依頼がいいですね」と私が願うと、サトウさんは「それだと先生、退屈って言い出しますよ」と塩気の効いた笑顔を見せた。
彼女の冷静な言葉に、なんとなく救われる思いがした。事件が解決した今、またいつもの日常が戻ってくる。
ただし、次の依頼が来るまでは、だ。
エピローグの午後
その日の夕方、私は机の引き出しから昔のグローブを取り出した。何年も使っていないが、手のひらにしっくりくる。
「キャッチボールでもしますか?」とふざけると、サトウさんは「その前に、溜まってる書類片付けてください」と即答。
やれやれ、、、また明日も忙しくなりそうだ。