筆跡が語る遺言
忙しい月曜の朝に一本の電話
朝一番で事務所の電話が鳴った。こんなに早くからというのは、大抵ろくな話じゃない。案の定、内容は「遺言書の確認をお願いしたい」との依頼だった。どこか声の緊張感が、ただの確認では終わらない匂いを漂わせていた。
屋敷の奥にあった二通の遺言書
依頼人の家は、まるでサザエさんの家が巨大化したような古い和風屋敷だった。床のきしみ具合が尋常じゃない。書斎の奥の金庫から、二通の遺言書が出てきた。一通は3年前のもの、もう一通は1か月前の日付が入っている。
相続人たちの不穏な沈黙
集まった相続人は3人。皆が言葉少なで、お互いの顔をうかがっていた。新しい遺言書には、なぜか長男の名前だけが除外されている。その長男が沈黙しているのが、逆に不気味だった。
遺言書の署名に違和感
私は遺言書の末尾に目を落とした。ん?署名が、なんだか雑だ。特に新しい方の筆跡が、私の記憶にある被相続人のサインと微妙に異なる。本人が書いたにしては、らしくない。
遺言能力と日付の矛盾
日付が書かれた頃、被相続人はすでに寝たきりで、利き手も動かなくなっていたという。だとすれば、この署名は誰がした? 誰かが代筆したなら無効だ。逆に本人の意思なら、有効の可能性も残る。
サトウさんの冷静な観察
「この署名、”ミ”の払いが長すぎますね。前の遺言書と比べて」 サトウさんが言った。彼女は無愛想に見えて、時々すごく鋭い。確かに、そこは明らかに違う。「もしかして筆跡鑑定した方がいいかも」と私は呟いた。
元野球部のカンは書道室に向かう
被相続人が晩年通っていた老人クラブの書道サークルが気になった。もしかしたら、あの人の本当の筆跡が残っているかもしれない。現役時代、サインプレーだけは得意だった俺の野球部魂がうずいた。
真実を知る証拠は紙の裏側に
書道サークルの作品を保管していたファイルから、一枚の作品が出てきた。裏に日付と名前が書かれていた。それは疑惑の遺言書の署名とは明らかに違う筆跡だった。決定的な違和感。それが証拠だった。
遺言書作成日の天気が導いた一手
私は、遺言書に書かれた日付の天気を調べた。その日は、記録的な大雨だった。しかし、遺言書には「快晴の朝、光が眩しかった」とある。つまり、誰かが記憶を捏造しているということになる。
筆跡鑑定と意外な証人
筆跡鑑定の結果、新しい遺言書の署名は長男の妻のものである可能性が高いと出た。そこに、かつて家政婦として勤めていた女性が証人として名乗り出た。「あの奥様、書道の賞を取ったことがあるんですよ」
嫁と愛人と筆跡の三角関係
実は、被相続人には内縁の妻がいた。その女性を全財産の受取人にするため、古い遺言書を書いていた。しかし、新しい遺言書には長男の妻の筆跡で書かれた署名が入っており、内縁の妻を除外していたのだ。
サインを変えた理由と動機
動機は明らかだった。介護をめぐる感情のもつれと、家の権利。長男の妻が筆跡をまねて書いたのは、財産を守るため。しかし、その筆跡は完璧ではなかった。やれやれ、、、もっと巧妙にやれば気づかれなかったのに。
やれやれ、、、最後のひと言が決め手だった
偽の遺言書には、ある言い回しが使われていた。「ご遺族の皆様に感謝申し上げます」。しかし、被相続人は「ご遺族」なんて言葉を絶対に使わない。いつも「家族」と呼んでいた。決め手はそこだった。
遺志を継ぐ者と法の重み
結局、古い遺言書が有効と判断され、内縁の妻が財産を継ぐことになった。長男の妻には厳重注意と、法的な指導が行われた。遺言書は、ただの紙ではない。その一筆に込められた思いを、私は忘れない。