除籍簿の向こう側

除籍簿の向こう側

除籍簿の向こう側

古い戸籍の請求依頼

雨の降る午後、事務所に年配の女性がやってきた。小さな封筒を差し出しながら、亡くなった兄の戸籍を取りたいと言った。生前、兄が何か隠していた気がするのだという。普通なら戸籍の請求などよくある話だが、なぜかこの女性の眼差しは真剣だった。

戸籍の世界は、まるで時を超えるミステリーのようだ。司法書士という職業柄、こうした依頼は珍しくない。だが、今回は何かが違う予感がしていた。

見慣れない除籍の内容

役所から届いた除籍謄本を開いた瞬間、僕の眉はピクリと動いた。見慣れない記載、そして曖昧な訂正印。昭和三十年に記された筆跡が、何かを隠すように記されていた。

「この人、死亡日が書いてないですね」サトウさんが何気なく呟いた。まるで猫のような静かな声で。言われてみると、確かに日付欄だけが空白だった。

サトウさんの冷静なひと言

「これは改製原戸籍じゃなくて、原本が残ってる可能性がありますね。法務局に行きますか?」

まるで探偵漫画に出てくる助手のような言い回しだった。僕は頷きながらも、雨の中を出るのが少し億劫だった。「やれやれ、、、こういうのは晴れた日にしてほしいもんだな」

消えた兄の存在

住民票にはいないはずの人物

調査を進めると、兄には「長男」として記載された弟がいたことが判明した。だが、女性の話では兄は一人っ子だったという。住民票の履歴にも、その弟の記録は見当たらない。

戸籍上だけの存在。あるいは、存在してはいけない人間だったのかもしれない。そう思った瞬間、背筋がすっと冷えた。

昭和の記録に潜む闇

昭和三十年代。記録がまだ紙と手書きの時代だった頃、戸籍の誤記や意図的な書き換えがまま行われていた。筆跡はすべて黒インクだが、ある箇所だけが鉛筆で薄く消されていた。

「サザエさんの初期設定みたいですね。兄が二人いたはずなのに、いつの間にか一人消えてる」

サトウさんが口にした比喩が、妙にしっくりきた。僕は複写機にそのページをセットしながら、なんとも言えない不安を感じていた。

戸籍の筆頭者に潜む謎

抹消された一行

原本を閲覧すると、除籍された人物の名前に斜線が引かれていた。普通は死亡や離婚での抹消だが、理由欄には「転籍」とだけ記されていた。

「転籍先、見に行ってみますか?」 またもサトウさんの一言。助手どころか、僕よりも動きが早い。

家系図にない名前

転籍先の戸籍には、まったく別の名字が記されていた。しかも、関係欄は「養子」。だが、その人物は事件が起きた年に謎の失踪を遂げていたことが新聞記事で判明した。

まるで、身内を戸籍から除外するために養子縁組が使われたようにも見える。普通の市民がそんなことをするだろうか?

戸籍の封印が意味するもの

転籍前の家には、兄弟喧嘩の果てに誰かが死んだという噂が残っていた。戸籍にはその痕跡はない。けれど、誰かがそれを封印した痕が確かにあった。

「封印されたって、ホントに漫画みたいですね。犯人が『もうこれ以上は調べない方がいい』って言うパターンですよ」

冗談めいたサトウさんの言葉も、どこか現実味を帯びていた。

地方の役所で見つけた真実

担当者の動揺と口ごもり

転籍先の市役所で対応した年配の職員は、明らかに動揺していた。「ああ……この人ね……。ちょっと、少々お待ちください」と資料室へ消えていった。

戻ってきた時には、目を伏せたままだった。「この件については、既に関係者が亡くなられてまして……」

破棄されていない旧戸籍

破棄されたはずの昭和時代の戸籍の写しが、実は倉庫に保管されていた。そこには、死亡欄に「事故死」と書かれた名前がひとつあった。だが、実際にはその事故の記録はどこにもない。

その名が、例の「養子」となっていた男だった。

裁判記録に残された事実

地方裁判所で、僕たちは古い民事裁判の記録を見つけた。兄弟間の遺産を巡る争い。その中で、行方不明の弟が被告となり、突然裁判を欠席していた。

そして、数ヶ月後には「死亡扱い」によって戸籍から抹消されていた。まるで最初から、その結末に誘導されたかのように。

結末と告白

真相にたどり着く司法書士

僕たちはすべての資料を依頼者に渡し、静かに結末を伝えた。 「お兄さんは……家族を守るために、一人を除籍したんですね。争いを終わらせるために」

依頼者は静かに涙を流し、「ありがとうございます」とだけ言った。 戸籍は、過去の記録でありながら、生きた人の意志が残る場所でもあるのだと、僕は思った。

遺産を狙った家族の罠

最後に残ったのは、争族(そうぞく)の匂いだった。 生きている者の欲望が、死者の記録を書き換える。司法書士として、それを見抜く力がなければ、ただの紙のやりとり屋になってしまう。

「シンドウさん、また一つ人間不信が進みましたね」 サトウさんの皮肉に苦笑しながら、僕はため息をついた。

やれやれもう少しで見逃すところだった

昭和の手書きの一行。あれがなければ、真相にはたどり着けなかった。

やれやれ、、、もう少しで見逃すところだった。 司法書士なんて地味な職業だけど、たまにはこんな推理も悪くない。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓