登記簿に消えた名義

登記簿に消えた名義

依頼は雨の昼下がりにやってきた

ぽつぽつと窓を打つ雨音の中で

その日、事務所の空気はいつもより湿っぽかった。俺は棚に積まれた申請書類を前に、コーヒーではなく麦茶を口にしていた。 そんな静かな午後、ドアがノックされてからすぐに、濡れた傘とともに依頼人が現れた。

不動産の名義に潜む違和感

法務局の履歴に刻まれた矛盾

依頼内容は、相続による名義変更の調査だった。だが、見せられた謄本には奇妙な点があった。 土地の所有権移転の記録が突然消えており、平成の中頃に一度名義が戻っている形になっていたのだ。 その変更の原因となるべき登記原因証明情報が、どこにも存在しなかった。

古い謄本と新しい謎

紙焼きの登記簿に潜む過去

サトウさんが昔の閉鎖登記簿を取り寄せてくれた。昭和の文字が踊るページには、確かに一度「失効」と記された所有権があった。 それがなぜ平成に復活していたのか。誰かが操作した形跡がある。 「これは誰かが書類を差し替えてますね」とサトウさんがつぶやいた。冷たい声に微かな怒りが混じっていた。

前所有者の足跡を辿る

行方不明の老人と登記簿の空白

その土地の前の所有者、杉山という老人は、数年前から音信不通だという。 近所の人の話では、山奥にある古い別荘に引きこもっていたらしい。 俺は資料を片手に、その別荘へ向かう決意を固めた。こういう時ばかり元野球部の根性が役に立つ。

空き家の中の奇妙な図面

雨漏りと埃の中に残された証拠

杉山の別荘は想像以上に荒れ果てていた。濡れた床に滑りそうになりながらも、引き出しを漁ると見慣れた書式が出てきた。 登記識別情報の写し、だが微妙に書式が旧い。印刷日付が平成元年?いや、それはおかしい。 その裏には赤いペンで書かれた地番と、誰かの名前が残っていた。

売買契約書に残る赤い印

そして現れたもう一つの印影

持ち帰った資料を精査するうちに、ある売買契約書の印影が、依頼人の父親の印鑑と異なることに気づいた。 あまりに似ているが、印面のわずかな欠け方が違っていた。 これが偽造なら、単なる相続の問題では済まされない。

サトウさんの冷静な推理

AIよりも的確なその分析力

サトウさんはPDFで比較画像を作って、ピッタリと印影の違いを指摘した。俺の出る幕はなかった。 「この印鑑、よく見ると“光文堂”製の市販品です。同じものをネットで見つけました」 その冷静な言葉に、背筋が凍った。やはりこれは偽造だ。

書類の中に潜む虚構

名義人の消失は誰かの計画だった

登記簿は嘘をつかない。でも、登記簿に載せる書類は、人間が作る。 誰かが意図的に古い売買契約を偽造し、杉山の名義を再登録させたのだ。 目的は、土地を担保に金融機関から金を引き出すためだった。

登記官のひと言が突破口に

法務局の窓口で聞いたこと

俺が法務局で確認を取っていたとき、登記官がこんなことを言った。 「この申請、数年前に“急ぎ”で処理依頼が来てました。登記識別情報は紙で提出でしたが、偽造の疑いがありました」 やっぱり、と俺は思った。そして同時に、ある人物の顔が浮かんだ。

消えた名義の正体

浮かび上がった実行犯の名前

依頼人の親戚、会社経営をしている兄が、財産目当てに全てを画策したのだった。 老人の杉山と偽って売買契約を作り、自分の持つ会社名義に移した。 しかし名義変更がうまく進まず、逆に司法書士に相談する羽目になったのだろう。

過去の登記が語る真実

法と記録の積み重ねが明らかにしたもの

不動産登記は、過去の積み重ねだ。誰が、いつ、なぜ登記をしたのか。 今回もその履歴を辿ることで、偽りの名義は白日の下にさらされた。 やれやれ、、、相変わらず人の欲というのは複雑すぎる。

犯人は法のすき間にいた

悪用された制度と、それを正す力

法の網の目を掻い潜って利益を得ようとする者がいる。だが、それを許せば制度は崩壊する。 俺たち司法書士の役割は、そうした抜け道を封じる最後の砦だ。 今回は運よく、登記簿と記録が真実を語ってくれた。

登記の力で暴かれた嘘

証拠としての法的効力

最終的に、警察へ告発し、問題の契約書と印鑑の鑑定結果を提出した。 登記簿はただの記録ではない。そこに記された文字が、人の嘘を暴く証明になるのだ。 俺は少しだけ、司法書士という仕事に誇りを持った。

やれやれ事件解決と雨上がり

コーヒーと静けさとサザエさん

事件が片付いた日の夕方、ようやく晴れ間が見えた。 テレビではサザエさんが「バッカモーン!」と叫んでいる。俺の人生も、だいたいそんな感じだ。 やれやれ、、、俺も波平になれる日は来るのだろうか。

サトウさんの塩対応は今日も健在

そして、明日もいつもの日常が始まる

「シンドウ先生、机の上、また書類倒れてますけど」 「いやー、今日はいろいろあってな、疲れててな」 「はいはい、言い訳は結構です。片づけてください」 そんな塩対応に、少しだけ救われる俺だった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓