指先が語る登記の真実
謄本の違和感
いつものように朝の書類整理をしていた時、古びた封筒に入った一通の謄本が目に留まった。書式は旧いが、日付は妙に新しい。登記事項の内容もどこかちぐはぐで、何かがひっかかる。だが最初は疲れ目のせいかと見過ごしていた。
午前九時の依頼人
その謄本を持ってきたのは、小柄で影の薄い中年男性だった。彼は控えめな態度で、「この不動産の所有権移転について確認してほしい」とだけ言った。手渡された資料は整っていたが、やはり違和感が拭えなかった。
事務所に持ち込まれた古い謄本
表紙の紙質も、中のインクも、数年前のそれとは異なる。不自然なほど劣化した箇所と、逆に新品同様の署名欄。よく見れば、印影の周囲にうっすらと人差し指のような痕跡が浮かんでいた。
滲んだ印影と妙なインク跡
朱肉がにじんでいるのは古い書類ではよくあることだが、それにしても奇妙だった。指紋のような痕は、どう見ても押印のあとについたもの。もしこれが誰かの意図的な操作だとすれば、その動機は何か。
サトウさんの冷静な指摘
「この謄本、書式が平成二十年代で止まってますよ。なのに最終登記が令和五年っておかしくないですか?」とサトウさんが鋭く言った。まったくもってその通りである。やれやれ、、、また厄介な案件が舞い込んだようだ。
不一致の記録と日付の矛盾
元データを電子化している登記システムを使って調べてみると、実際の登記記録とは一部項目が食い違っていた。写しを改ざんしたか、まったくの別物を作ったのか。いずれにせよ、これは司法書士として放っておけない。
登記簿に紛れた一枚の写し
棚の奥から出てきた別の写しを照合してみると、さらに不可解な点が判明した。以前この土地を所有していた人物の署名と、今回の資料に記された署名が微妙に異なっている。筆跡鑑定の依頼も視野に入った。
司法書士会の重たい電話
登録免許税の記録、取引の証拠、すべてを一度整理して、管轄の司法書士会に相談の電話を入れる。向こうの担当者の声は渋く、「これはおそらく意図的な文書偽造の可能性が高いですね」と短く答えた。
別人の署名と謎の一筆
さらに調べを進めると、申請書の余白に、かすかに「代理」と読める文字が見つかった。登記義務者の直筆ではない可能性が濃厚になったが、署名欄の脇に押された指紋がそれを裏付ける決定打となった。
やれやれと思いつつ現地調査へ
面倒な現地調査だが、どうにもこの件は引っかかって仕方ない。軽自動車を転がしながら、サザエさんの再放送をラジオで聞く。タラちゃんの声に癒やされつつも、やれやれ、、、とため息を吐いた。
廃屋の表札に残る唯一の痕跡
現地は人が住んでいる気配のないボロ屋だった。しかし、玄関のガラスに貼られた表札の裏に、何かがこすれたような跡が残っていた。スマホのライトで照らすと、朱肉の残り香とともに、誰かの指紋がそこにあった。
指紋照合と意外な関係者
後日、警察経由で照合を依頼したところ、その指紋は以前、失踪届が出ていた人物のものと一致した。なんと依頼人本人ではなく、彼の兄が偽造を行っていたのだ。真相は、遺産分割を巡るものだった。
隠された委任と失踪者の過去
兄は「代理権があった」と主張したが、実際には期限切れの委任状を勝手に使用していたことが判明した。登記の不備を利用して自らの名義に書き換えようとしていたのだ。だが、ほんのわずかな指紋がすべてを覆した。
解決編 静かに閉じる登記簿の頁
後日、訂正登記の手続きを終え、改めて正しい所有者に権利が戻された。事件にはならなかったが、兄には損害賠償が請求される予定らしい。何事もごまかしてはいけないという、至極当然の教訓を胸に刻んだ。
サトウさんの一言に救われて
「だから言ったじゃないですか、紙よりも指が正直なんですよ」サトウさんは相変わらずの塩対応だが、核心を突く。思わず笑ってしまった。ああ、この事務所はまだ大丈夫だと思えた瞬間だった。
そしてまた日常が戻る
その日の夕方、古い謄本をシュレッダーにかけながら、次の依頼者の電話を取る。「はい、司法書士のシンドウです…」また、何かが始まる予感がする。やれやれ、、、今日も一日が長そうだ。