登記簿の中の空白
静かな午前と依頼人の訪問
地方都市の静かな朝。私は事務所の窓を開けて、涼しい風を取り込んでいた。いつも通り、書類の山を前に気が重くなる。「また月曜か……」と呟いたところで、ドアが控えめにノックされた。現れたのは、黒いスーツを着た中年男性だった。
売買契約書に浮かぶ違和感
男性は「所有権移転の登記をお願いしたい」と言い、丁寧に書類を差し出した。売買契約書、委任状、住民票、一式揃ってはいる。しかし、その中の売買契約書の一文に目が止まった。「売買代金支払いは既済」——記載日は昨日。やけに急だ。サザエさんの最終回のような唐突感に、胸の奥がざわついた。
サトウさんの冷静な一言
「この契約書、おかしくないですか」と、背後から冷ややかな声が飛んだ。サトウさんだ。いつもながら鋭い。私は返事もせず、再び書類を見直す。登記簿の所有者名は確かに現在の売主のものだが、登記されたのは一週間前。その前の所有者とは、全く異なる名前だった。
消えたはずの所有権
古い登記情報に残された痕跡
過去の登記履歴を確認すると、三度目の転売がこの数ヶ月で連続していた。異常なスピードだ。普通、登記にはもう少し時間がかかるはずなのに。売主は登記識別情報をきちんと提示している。だが、何かが引っかかる。
取引先は存在しない会社
売買契約書の売主欄に記載された会社名で調べると、登記簿に一致する法人は見つからなかった。住所も架空。実在しない相手と契約したか、あるいは偽造された可能性が高い。やれやれ、、、また厄介な案件だ。
雨の中の現地調査
現地に足を運ぶと、そこには築四十年ほどの古びた木造住宅がぽつんと建っていた。隣家の老婆が声をかけてきた。「あそこ、去年までは山田さんって人が住んでたけどねぇ、ある日突然いなくなって、それっきりよ」。私は玄関の表札を見つめながら、登記簿との齟齬を確信した。
仮登記の正体
元所有者の証言
旧所有者である山田氏に電話をかけると、驚いた様子で「売った覚えなんてありません」と言う。では、現在の登記名義は? 「そんな話、警察に行ったけど、相手がわからんって」。まるで怪盗キッドのように、痕跡を残さず消えた相手。
隣人が語る奇妙な引っ越し
さらに詳しく話を聞くと、山田氏は市外に引っ越したわけではなく、近所の親戚の家に身を寄せていた。理由を問うと、「登記が勝手に変えられて、怖くなってね」と震える声。司法書士としては聞き捨てならない言葉だった。
行方不明の登記識別情報
どうやら、山田氏の登記識別情報が何者かによって利用され、勝手に仮登記が本登記に切り替えられたらしい。可能性としては、過去に紛失届を出していたのに、それが第三者に悪用された形だ。
過去の事件との一致
十年前の未解決の転売事案
ふと、十年前に読んだ業界誌の記事を思い出した。まったく同じ手口で土地が転売され、被害者が泣き寝入りした事件だ。使われた仮登記の名義人も、やはり偽名であった。まさか、また同一犯が?
元同僚司法書士の過失疑惑
さらに調査を進めると、その当時登記を担当したのは、私の司法書士講習時代の同期だった。彼は数年前、資格を返上していた。曰く、「依頼人に騙された」と。しかし、実際は自らも手を染めていたのではという噂もある。
閉ざされた司法書士会の記録
司法書士会に照会をかけると、「過去の記録は一定期間で廃棄されます」とのこと。都合よく真相は闇の中へ消されていた。あのときのキッドは、組織だった存在だったのだろうか。
解決への伏線
サトウさんの裏取り調査
サトウさんが独自に動いてくれていた。謄本の過去の職権処理の履歴を追い、仮登記時に担当した別の司法書士にたどり着いたという。そこから、驚くべき情報が浮かび上がる。
郵便受けに残された封筒
古い登記済権利証を調べると、封筒の中に「至急、確認してください」という手書きのメモが残されていた。書かれていたのは、実在しない会社の代表者の名前と、携帯番号だった。
名義貸しと背後のブローカー
結局、事件は登記識別情報を買い取るブローカーによるもので、実行犯はそれを利用して不動産を転売し、売却益を得ていた。サトウさんが突き止めたブローカーの名は、十年前と同じだった。
やれやれの結末
依頼人の真意と隠された目的
私の前に現れた依頼人は、実はブローカーの片棒を担がされていただけだった。自分の家族が借金を背負っており、「一筆だけ書けば報酬がもらえる」と言われていたのだという。
シンドウの推理と証明
私は司法書士として、依頼人の無実を信じ、関係書類と証言を整理し、警察に提出した。登記は取り消され、山田氏の名義は復旧された。登記官も協力的だった。やれやれ、、、この街の空気は今日も重い。
法務局での静かな逆転劇
後日、法務局での立会いのもと、正式に更正登記が完了した。手続きは完璧だった。だが、犯人の正体は結局つかめなかった。まるで、どこかの怪盗漫画のように、真実だけを残して彼らは去っていった——。