焦げ跡に消えた登記簿
奇妙な依頼は一本の電話から始まった
声の主は焦っていた
受話器越しの声は明らかに焦りを帯びていた。内容はこうだ。ある土地の登記簿謄本を取得したところ、端が焼け焦げていて読めない箇所があるという。そんなことがあるのか。司法書士歴20年の俺でも聞いたことがない。
市役所の職員も首を傾げる
物理的に焼けた謄本?
市役所の窓口でも「これは保管庫で事故があったわけではない」とのこと。念のため他の土地の謄本も確認したが、まったく問題はなかった。ならばこの一通だけがなぜ。
依頼者は謎の若い女性
名前を語らない依頼人
事務所に現れた依頼者は黒いサングラスに無表情の女性。名乗らず、委任状も出さないまま「とにかくこの謄本の内容が必要なんです」と懇願してきた。どうにも怪しい。
サトウさんの静かな一言
「誰がその登記を必要としているか、ですよ」
塩対応で有名なサトウさんが、ポツリと漏らしたその一言で空気が変わった。たしかに、誰が何のためにこの土地の情報を求めているのか。俺はまだその核心に触れていなかった。
謄本の端に残された筆跡
「田」の文字だけが読み取れる
焼けた部分に、うっすらと「田」の文字。それ以外は判別不能。ところが旧筆跡調査の専門家に画像を送ると、意外な回答が返ってきた。
昭和の登記ミスを探れ
別名義での二重登記の痕跡
昭和40年代、一部の登記で二重登記が発生していたという調査資料を発見。どうやらこの土地もそれに関係があるらしい。焼けた謄本の正体が少しずつ明らかになってきた。
「やれやれ、、、」俺はタバコを灰皿に押しつけた
過去に封じられた贈与契約
やれやれ、、、面倒な話になってきた。火事の記録はない。だが、旧登記官の手記によれば、ある人物の名義をわざと消すような不正があった可能性がある。
カギは古い司法書士の手帳
過去に解任された司法書士の記録
保管室に眠る古い書類の中から、30年前に除名された司法書士の手帳を発見。そこには該当の土地に関する「消した名義人」の名前が確かに記されていた。
依頼者の正体が明かされる
その名は登記から消えた曾祖母
若い女性は、消された名義人の曾孫だった。自分の祖先が不当に登記から除かれたことを知り、真相を確かめに来たのだった。だが名義回復には証拠が足りない。
過去の不正を暴く証明方法
筆跡とDNAと家系図
旧登記簿の筆跡と、依頼者の家系図、そして供託されていた証拠物件が一致し、ついに名義回復の糸口が見えてきた。俺は関係者を集めて面談を始めた。
登記官の沈黙
今も残る“見なかったことにする文化”
結局、故意に焼かれた可能性は否定できなかった。登記官は曖昧に笑うだけで、事実の追及には応じなかった。俺はその背中に、昭和から続く怠慢の影を見た。
記録は燃えても、真実は残る
登記簿の端が焼けていた理由
最終的に、依頼者は裁判所に「失われた登記情報の回復」を求める申立を行った。俺はその申立書を黙って手渡し、静かに言った。「真実は、誰にも燃やせませんよ」。