司法書士と十三人の沈黙

司法書士と十三人の沈黙

朝の来訪者

朝9時ちょうど。肌寒い曇天の下、うちの事務所にスーツ姿の女が現れた。書類を抱えていたが、何も言わずにこちらを見つめている。
サトウさんが黙って立ち上がる。その動きで女の目が微かに揺れたように見えたが、気のせいだろう。

名乗らなかった依頼人

女は自分の名前を明かさず、代わりに「これ、見てください」と一通の封筒を差し出した。中には、タイピングされた名簿と不自然に空いた一行がある。
「これは証人の名簿です」と女は言った。「十三人分、必要でした。でも、名前が足りないのです」。

一通の封筒と十三の名

名簿に書かれた名前は確かに十二。番号は十三まで打たれているのに、最後だけ空白だ。
なぜその空白のまま提出されたのか。なぜ今になって私の元に持ち込まれたのか。その答えを女は語らなかった。

謎の証人たち

私は名簿を片手に、一覧の人物をひとりずつ検索し始めた。サトウさんが横から、ため息まじりに「午前中の予定、全部押しますね」と告げてきた。
やれやれ、、、こっちは今日も予定をこなすだけで精一杯のつもりだったのに。

証言の矛盾

出てきた証人の一人は、不動産会社の元社員だった。彼は言った。「私はあの日、あの場にはいませんでした」と。
だが、別の証人は彼が現場で確かに発言していたと証言している。証人たちの証言が、最初から噛み合っていない。

名前だけの存在

さらに二人は、どうも存在しない人物だった。住民票もなければSNSもない。昭和の怪人・怪盗Xのように、実在しているかどうかも怪しい。
私はこの時点でようやく理解した。「この名簿そのものが仕掛けだ」と。

サトウさんの違和感

サトウさんが、パソコンの画面を指差した。「これ、並び順がおかしいです。五十音順に見せかけて、何か別の規則があります」。
どうやらサトウさんは、名簿そのものが一種の暗号になっていると見抜いたらしい。

名簿の不自然な並び

並び替えると、「アカサタナ」ではなく「ナタサカア」のように、逆五十音と見せかけて一部が入れ替えられていた。
順番どおりに見えることで、逆に疑われにくくするという仕掛け。まるで探偵漫画のようなトリックに、私は苦笑した。

共通する過去の影

そして出てきた共通点。証人たちは全員、ある地方銀行の関係者だった。十年前、横領事件で密かに処理された案件がある。
それは表沙汰にはならなかったが、内部では「十三番目の証人」こそが、事件を知る鍵だと噂されていた。

十三人目の空白

空白の欄は、無記名ではなかった。文字としては空白だが、実際には見えないインク、いわゆる消えるボールペンで記されていた。
サトウさんが紙にアイロンを当てると、うっすらと名前が浮かび上がった。「木之下友哉」──その名を見て、私はハッとした。

届かなかった通知

木之下友哉は三年前に死亡している。自殺だった。だが、その件にはいくつか不可解な点があった。
そして彼が死の直前に作成していた遺言の公正証書、それを扱ったのは──他でもない、私の事務所だった。

司法書士の推測

「この名簿は、木之下の復讐かもしれません」。そう私は口にした。
彼の死を無駄にしないため、彼の名前を再び世に出すため、この仕掛けを残したのだろう。

死者の証言

封筒の底には、もう一枚の封筒があった。中には、ICレコーダーが入っていた。
再生すると、かすれた男の声が流れる。「これを聞いている君へ、私は真実を話す……」

封筒の中の録音テープ

その録音は、木之下が亡くなる前に残した遺言だった。証人たちは、彼に加担し、事件を隠ぺいしてきた。
だが最後の良心が彼を追い詰め、真実を公にすべく、司法書士である私へ仕掛けを遺したのだ。

語られた最後の名前

「君ならわかると思う。信じるかどうかは君次第だが、彼らに罪を問えるのは法を知る君しかいない」
私はその言葉を聞いて、ゆっくりと立ち上がった。やれやれ、、、こんな役割、荷が重いんだが。

事件の全貌

私は関係各所に連絡を取り、元証人たちへの事情聴取が始まった。死者の遺言と封印された証言、そして名簿に記された暗号。
全てが揃ったとき、事件はようやく一つの結末にたどり着いた。

虚構の証言計画

証人たちは、意図的に虚偽の証言を積み上げていた。実在しない人物や架空の事件まででっち上げ、真実から目を逸らさせていた。
だがその中心にいた木之下だけが、心を捨てきれなかった。それが彼の「沈黙の証人計画」だったのだ。

司法書士が暴いた真実

私は司法書士として、最後の手続きを行った。木之下の遺言を正式に公開し、名簿を証拠として法務局へ提出した。
遺された真実が、ようやく日の目を見た瞬間だった。

そして誰も証人ではなくなった

事件は解決し、証人たちは全てその立場を喪失した。
法の場では「偽証」という罪が彼らに重くのしかかる。だがそれも、死者が命を賭して託した結果だった。

すべては最初から仕組まれていた

木之下の計画は周到だった。私を巻き込むことで、確実に真実が届けられるようにした。
まるで昔の推理漫画のような、仕掛けに満ちた結末だった。

やれやれ、、、また妙な案件だったな

夕暮れの事務所でコーヒーを啜る。サザエさんのエンディングのように、全てが元に戻ったようで、どこかが変わっていた。
「次は普通の登記だけの依頼がいいな」と私が言うと、サトウさんは冷たく、「それ、昨日も言ってましたよ」とだけ返してきた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓