登記簿に隠された動機

登記簿に隠された動機

朝の書類と不穏な依頼

朝から机の上は書類の山。どれが急ぎでどれがそうでないのか、区別もつかない。サトウさんが無言で書類を分類していく姿だけが、唯一の秩序を保っていた。

その中に一通、見慣れない封筒が混じっていた。差出人は不明、内容は土地の登記簿謄本と簡単なメモだけ。「助けてください」と震えるような文字が添えられていた。

これはただの登記の相談ではない。いやな予感が、背中を冷やしていく。

書類の山に埋もれて

毎度のことながら、役所から戻ると机の上には新たな書類が積み上がっている。まるでサザエさんのエンディングみたいに、ひたすら追われている気分だ。

「これ、今日中に終わらせるんですか?」サトウさんが冷ややかに聞いてくる。無言で頷いた。答える気力すらなかった。

その書類の中にあった一通の封筒が、今日のすべての始まりだった。

古い登記簿と不在者の名

添付されていた登記簿は、昭和の香りを残した古びたものだった。権利関係が複雑に絡み合っており、所有者欄には「行方不明」とメモ書きがされていた。

何より奇妙だったのは、その物件がすでに他人の名義になっていたことだ。誰が、いつ、どうやって登記を変えたのか。法的には何の問題もない、しかし何かが引っかかる。

まるで仮面ライダーの怪人のように、表面だけ綺麗に整っていて中身が見えない登記だった。

失踪した依頼人

差出人と思しき人物に連絡を取ろうとしたが、電話は不通。メールもエラーで返ってくる。住所も存在せず、まるで幽霊を追っているようだった。

「やれやれ、、、幽霊屋敷の登記でもやってる気分ですね」冗談めかして言うと、サトウさんは少しだけ口角を上げた気がした。気のせいかもしれない。

とにかく、依頼人の痕跡を追うしかなかった。

面談予定の人物は現れず

午後に事務所で面談予定だった依頼人は、ついに現れなかった。私は事務所の窓から通りを見下ろし、何度も時計を見た。

「来ないですね」とサトウさん。冷静すぎるその言葉に、むしろ不安が募った。

もしかして、何か事件に巻き込まれたのではないか?

サトウさんの冷静な観察

「この登記簿、移転先の所有者の住所が妙ですね」とサトウさんが言う。たしかに、新所有者の住所は無関係な地方都市だった。

それどころか、同じ住所で別の登記が複数確認できた。いわゆるバーチャルオフィスだ。つまり、架空の法人や人物が名義を集めている可能性が高い。

ここまでくると、登記を使った何らかの詐欺が絡んでいる。

名義の謎と二重の所有権

旧所有者が失踪し、その間に新たな登記がなされている。司法書士として、正規の手続きであっても気になるところだ。

私は登記簿の履歴を洗い出し、二重所有の可能性を探った。すると、やはり別人が同日に同一不動産を申請していた記録が浮かび上がった。

この一件、簡単には終わりそうにない。

登記簿に浮かぶ不可解な履歴

法務局で履歴を精査した結果、申請日が奇妙に一致していた。複数の登記が同日に提出され、なぜか同じ人物によって処理されていたのだ。

「偶然にしては出来すぎですね」と呟いた私に、サトウさんは「むしろ、意図的ですね」とピシャリ。

もしかして、内部の人間が関与しているのか?

手がかりは過去の登記申請書

古い登記申請書の控えが残っていた。それをめくると、申請者の印鑑証明の写しに、微妙な違和感があった。

印影がかすれており、紙質も他の書類と異なる。まるで誰かが再印刷したようだった。

つまり、偽造の可能性がある。

昭和の名義変更と消えた印鑑証明

昭和時代の名義変更に使われた印鑑証明が、町役場のデータと一致していないことが判明した。どうやら誰かが過去の書類を模倣して申請したようだ。

この手口、まるで怪盗キッドのように大胆かつ精密だ。正面から堂々とすり替えるとは、なかなかのやり手だ。

となると、やはり犯人は登記の知識を持った者だろう。

司法書士会の旧知の男

ふと思い出したのは、昔司法書士会で顔を合わせたある男だった。数年前に除名処分を受けた、腕利きだが倫理観に欠ける男。

彼の名前が、新所有者の法人設立の際の登記にも関わっていた記録が見つかった。

ここでようやく、点と点が線になった。

噂と真実の間で

その男については様々な噂があった。廃業したとはいえ、裏では金で動く手続き屋として活動しているという話もある。

「でも証拠がないと何もできませんよ」とサトウさんは冷静だ。私は黙って頷くしかなかった。

証拠を探さなければならない。

登記簿に隠された動機

ようやくすべてが繋がった。失踪した依頼人は、実の父親の残した土地を誰かに奪われたのだ。しかも、その誰かは登記制度を巧妙に使っていた。

動機は金だった。そして方法は法の隙間を突いた偽造と申請の合わせ技。まさに”登記簿の中の完全犯罪”だった。

私たちはその仕組みを解き明かした。ただし、表沙汰にはできない部分も多い。せめて依頼人にだけでも真実を伝えた。

書類の向こうの真実

今回の事件で改めて思った。登記というのはただの紙ではない。人の思いと歴史が詰まった記録だ。

サトウさんが言った。「書類が嘘をつくわけじゃない。嘘をつくのは人間です」それはまさに真理だった。

私は山のような書類の中に、ほんの少しだけ意味を見出した気がした。やれやれ、、、今日もまた、紙と格闘する一日が始まる。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓