筆界線の向こうに眠る過去

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山あいの土地争いと一通の依頼

旧盆前の蒸し暑い日、事務所に一人の中年女性がやってきた。彼女は父親の遺した山林について、隣家との境界でもめているという。 その依頼書を見た瞬間、どこか胸騒ぎがした。字面は平穏でも、そこに漂うのは家族の澱んだ歴史だった。

境界確認の立会いに忍び寄る違和感

現地に赴くと、境界を示す古びた杭が二重に打たれていた。一本は錆び、一本は新しい。 隣家の男性は「昔からここだ」と言い張るが、依頼人は「父はあそこまでがうちの山だと…」と反論する。 ただの土地問題ではない、何かがずれている。そう感じた。

図面と現地が一致しない不思議

法務局で取得した地積測量図を片手に現地を見比べたが、境界線が明らかにずれていた。 昔の分筆図面には、ないはずの道が描かれていたのだ。誰かが図面を操作した形跡がある。 私の背筋に汗が伝った。なぜ、そして誰が?

元地主の不可解な沈黙

境界を知るはずの元地主は、すでに亡くなっていた。だが、息子である隣家の男性は当時のことを語りたがらない。 「父が勝手にやったことだ」と彼は口を濁すが、それが本当とは思えなかった。 何か大きな事情がある、そう思わずにはいられなかった。

小屋の裏に打たれた杭の正体

サトウさんがふと小屋の裏に目をやり、「変な杭があります」と言った。見ればそれは木の杭で、表面には昭和五十年の日付があった。 錆びた釘と共に打ち込まれ、放置されたような形跡がある。今の境界とは明らかに違う場所だった。 過去の境界線の名残かもしれない。だとすれば、今の主張は嘘だ。

昭和五十年の分筆に潜む闇

調べを進めるうち、昭和五十年にこの土地が分筆された記録を見つけた。だが、その際の立会人の署名が全く読めない。 不鮮明な印鑑とともに、謄本には不自然な空白がある。 この分筆、何かをごまかすために行われたのではないか。

亡き父と隣人との確執の記録

依頼人の父の遺品の中に、古い手紙があった。そこには隣人との土地のことで悩んでいたこと、 「俺が死んだらあの男が境界を動かすかもしれない」という言葉が残っていた。 死んでもなお、線を越えられた怒りが伝わってくる。

境界を越えていたのは誰か

測量を依頼して現況と図面を照合すると、隣人の敷地が明らかに依頼人側に侵入していた。 しかも、それが元の図面には描かれていない不自然な形状だった。 無言の境界侵犯。そこには意図と悪意があった。

サトウさんの冷静な着眼点

「この図面、微妙に縮尺がずれてますね」とサトウさん。私は目を疑った。 よく見れば、確かに数ミリのズレがある。地積測量図が、意図的に“縮められて”いたのだ。 やれやれ、、、また面倒なことになったな、と心の中でつぶやいた。

地積測量図が語る過去の罪

昭和の測量士が故意に図面を加工し、境界線をずらした形跡が見えてきた。 調査士の名前を追うと、すでに故人。しかし、その人物の過去の事例にも同様の指摘があった。 金銭か、恨みか。その動機だけが闇の中に残された。

古い境界標と消えた調査士の名前

古い境界標の写真が一枚だけ、町の資料館に残っていた。それは依頼人の父が立てたもので、 確かに今の杭とは違う位置にあった。そしてそこにはかつて名を馳せた調査士の名が刻まれていた。 なぜその調査士が姿を消したのか。それもまた謎の一部だった。

やれやれと言いながら調べた登記簿

数十冊の閉架の登記簿をめくりながら、「やれやれ、、、」と私はため息をついた。 だが、そこで見つけた一枚の登記事項証明書が決定的だった。ある時期に、面積が不自然に増えている。 つまり、帳簿上でも“侵食”があったのだ。

売買契約と心理的瑕疵の接点

さらに遡って売買契約書を見つけた。そこには、「隣地との境界について争いがある」との記載があった。 心理的瑕疵として、隠されていた情報がそこに浮き彫りとなる。 これは登記だけの問題ではない。人の心の問題でもある。

決定打となった一枚の航空写真

市の航空写真アーカイブで、昭和五十年代の山林の写真を見つけた。そこには、今よりも明らかに狭い敷地が写っていた。 その画像こそが、境界の真実を示す最後の証拠となった。 依頼人は涙ぐみながら「父が嘘をついてなかった」とつぶやいた。

傷ついた心と歪められた境界線

境界をめぐる争いは、ただの不動産トラブルではない。 人の記憶、信頼、そして心を蝕む“線”の問題だと改めて感じた。 「心の杭」は、図面には写らないのだ。

最後に残されたわずかな救い

境界の是正と登記修正が終わった帰り道。サトウさんがぽつりと「正しい線が戻ってよかったですね」と言った。 私はそれにうなずき、「でも、心の線はどうかな」とつぶやいた。 やれやれ、、、また一つ、重たい話だった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓