朝の依頼は小さな違和感から始まった
古びた相続登記の相談
月曜の朝。コーヒーの香りとともに持ち込まれたのは、田舎の古い一軒家の相続登記の相談だった。
依頼人は五十代の女性。亡くなった叔父の家を相続したいと言うが、書類にはどこか釈然としない点があった。
「この固定資産評価証明書、ちょっと古すぎませんか?」とサトウさんが眉をひそめる。
遺言書に潜む矛盾点
提出された自筆証書遺言には、家を女性に譲る旨が書かれていた。だが、それに添付された印鑑証明書の日付が、死亡日より新しい。
「死んだあとに証明取ったんですか?」サトウさんの冷たい一言に、依頼人は黙った。
その沈黙は、事件の香りを漂わせていた。
サトウさんの指摘が事件の扉を開く
故人の住所に違和感
登記簿上の住所と、遺言書に書かれた住所が微妙に違う。番地が一つずれていた。
普通の人なら気にしないだろうが、我々は司法書士だ。そういう「微妙」が命取りになることを知っている。
「これ、登記上の住所と違う物件かもしれませんよ」サトウさんがつぶやいた。
登記簿と現地の食い違い
現地を訪れると、その建物には「売物件」の貼り紙があった。どうやら他の誰かが処分しようとしているらしい。
「所有者不明なのに、売りに出せるんですかね?」サトウさんが腕を組む。
登記簿と現地が一致していないことが、事件の核心を浮かび上がらせていた。
現地調査で見えた空き家の真実
不審な出入りと鍵の謎
昼過ぎに再度現場へ行くと、見知らぬ男性が鍵を使って中に入っていった。
「こんにちはー、どなたですか?」と声をかけると、「いや、管理を頼まれてるだけです」と逃げ腰。
鍵を持っているということは、誰かが所有権を主張しているということだ。
近隣住民の曖昧な証言
向かいの家のおばあさんに話を聞くと、「亡くなったおじさんの甥っ子が、たまに来てたよ」とのこと。
しかし、依頼人はその甥の存在を一切語っていなかった。
「これは、相続人が一人じゃないってことですね」とサトウさんがメモを取る。
元野球部の勘が働いた瞬間
見落としていた地番の罠
昔の感覚がよみがえった。地番と住居表示のズレ。それが事件の分岐点だった。
野球部のときも、サインと実際のプレーが噛み合わないとミスが起きる。まさにそれと同じだ。
「この地番、隣の家のものかもしれません」と気づいたとき、ピースがつながった。
法務局資料で明らかになった過去の登記
法務局で閲覧した古い登記簿謄本には、別の甥の名前が登記されていた過去があった。
その甥が所有者だとすれば、依頼人の主張は根本から崩れる。
「やれやれ、、、こんな古い謄本で一気に解決とは、漫画みたいですね」とつぶやいた。
サザエさん的なすれ違いから導くヒント
磯野家の表札が三つ
現地にもう一度行くと、なんと表札が三つ掛かっていた。「磯野」「波野」「フグ田」。
一つの家に三つの名字。これはサザエさんの家じゃないか。
「つまり、昔は大家族で住んでいて、今は分裂してるってことですね」とサトウさん。
不在者財産管理人の履歴が鍵となる
過去の名義変更の経緯
登記簿を精査すると、被相続人が一度認知症と診断されたあと、不在者財産管理人が選任されていた記録があった。
その管理人が、今も売却の手続きを進めていたことが分かる。
つまり、依頼人はその事実を知らず、あるいは隠していた。
隠されていた本当の相続人
最終的に見つかったのは、故人の姉の子ども、つまり従甥だった。彼が唯一の法定相続人だった。
「依頼人は、それを知らないふりしてたんでしょうね」サトウさんが冷たく言い放つ。
結局、彼女の相続登記は却下となる運命だった。
サトウさんの冷静な一言がすべてを貫く
これ名義借りですね
どうやら依頼人は、過去にその家を使っていた別の親族とグルになっていた可能性があった。
管理人を無視し、勝手に登記しようとする動き。完全にアウトだ。
「こういうの、たまにいますよ。名義借りで固定資産税をごまかそうとする人」サトウさんはあくまで淡々としていた。
最後の証人が語った決定的な証言
生前の寄与と争いの記録
最終局面で登場したのは、故人の生前を知る近所の古老だった。
「毎日、あの子が世話してたよ。たしかに、あの人に家をあげるって言ってたもんだ」
しかし、それは法的には何の意味もなさない。ただの情でしかない。
やれやれ、、、ようやく辿り着いた真実
名義変更に込められた家族の事情
法は感情を救わない。家族の歴史や思い出がどれだけあっても、登記上の手続きには勝てない。
それがこの仕事のつらさであり、厳しさでもある。
「やれやれ、、、このあと依頼人、また来そうですよ」とコーヒーを飲みながらつぶやいた。
事件が終わり静けさが戻る事務所で
サトウさんはコーヒーを飲み干して言った
「司法書士って、地味だけど事件に巻き込まれがちですよね」
その言葉に、俺は黙ってうなずいた。確かに、俺たちの仕事は地味だ。
だが時に、誰も気づかない真実を掘り起こす力を持っている。
次の相談待ってますよ
サトウさんはパソコンの画面を見つめながら、淡々とそう言った。
俺はため息をつきながら机の上の書類に手を伸ばす。
推理も、登記も、コーヒーも、終わりはない。今日もまた、日常が戻ってくるだけだ。