古い家屋の売買契約
空き家の整理を依頼された日
依頼は、ぽつんと残された古民家の売却登記だった。 築60年は経っているだろうか、地元でも有名な「幽霊屋敷」と呼ばれるような物件だ。 依頼者は、東京に住む遠縁の青年。淡々とした口調で「登記名義を変えたい」と言った。
古びた登記簿に残る異変
謄本を取り寄せると、そこには不自然な訂正印と消された文字があった。 「誤記の訂正」などとされているが、書類の流れとしては不自然極まりない。 しかも、訂正された名前は、依頼者の知らない人物だった。
所有者不明の真相
二重の相続登記に隠された名前
一度、亡父から依頼者へと所有権が移転しているはずだったが、 その後にもう一人の人物が同じ物件を相続していた。 登記簿に並ぶふたつの所有者名は、まるで別の物語を語っていた。
相続放棄のはずの兄の記載
さらに調べると、放棄したはずの兄が所有者として記載されていた。 戸籍にもそれらしい記録はあるが、なぜか法定相続情報には含まれていない。 これは完全に「途中で手を加えた」登記だ、と直感した。
サトウさんの違和感
書類の筆跡に潜む矛盾
「この筆跡、おかしくないですか?」とサトウさんが指摘した。 いつもながら、冷静で的確な分析力だ。 見れば、相続放棄申述書と、登記原因証明情報の筆跡が異なる。
司法書士が見逃さない細部
私はルーペで文書を確認し、消された文字を光で浮かび上がらせた。 そこに残っていたのは、故人が生前に書いた「遺言書あり」の文字。 やれやれ、、、またやっかいなパターンだ。
故意か偶然か
押印日付の不一致
さらに追及すると、印鑑登録証明書の日付と押印日付にズレがあった。 これは明らかに、遺言書提出後に書類を作り直した痕跡だ。 登記官を騙すには甘すぎる偽装だった。
謄本の裏にあったメモ
書類をめくると、裏面に鉛筆で何か書かれているのを見つけた。 「ユウコに残すと約束した」という走り書き。 依頼者は驚いた表情で、「ユウコは…僕の母です」と答えた。
元野球部の直感
不動産業者のあいまいな証言
物件の売却を進めた地元の不動産業者を訪ねたが、返答は曖昧だった。 「あの兄さんは急に来て、『俺が相続人だ』って言い張ってたよ」と。 それで業者は、真偽を確かめず契約を進めたらしい。
電話に出た「故人」の娘
さらに調査を進めると、既に死亡していたはずの「兄の同居人」に電話がつながった。 受話器の向こうの女性は言った。「あれ?父は生きてますよ?」 一瞬、背筋が凍った。これは完全に、別人が「死亡した兄」を演じていた線が濃厚だった。
過去の争族事件との符号
昔の裁判記録を調べて
地裁のデータベースで古い争族事件を調べた。 そこには、兄とされる人物が関与した過去の遺産トラブルの記録が残っていた。 しかも、その中には、同じ筆跡の文書が証拠として提出されていた。
知られざる家庭内の軋轢
どうやら、この兄という人物は、かつて家族から縁を切られていたようだった。 「母が全部捨てたんです」と、依頼者は小さく呟いた。 今回の登記は、その「捨てられた側」が仕掛けた復讐だった。
サトウさんの冷たい一言
「偽造ですね、これ」
偽造が確定した瞬間、サトウさんは肩をすくめながら一言。 「偽造ですね、これ。しかもかなり雑な」 彼女の目は冷たく、それでいて何かに呆れていた。
動かぬ証拠となる謄本のコピー
私たちは全資料を整理し、登記官に報告を行った。 筆跡、証拠、動機、全てが揃っていた。 相続登記は無効とされ、真正な登記が復活することになった。
登記官との協議
誤記か偽造か
登記官も最初は首をかしげていたが、証拠を出すごとに顔色が変わった。 「これは、もはや誤記ではなく、意図的な偽造の可能性が高いですね」 やれやれ、、、登記簿にも人の業が滲む時代か。
真実の線をつなぐ照合結果
最終的に照合されたのは、過去の登記、裁判資料、そして依頼者の供述だった。 不一致だった線が一本につながった瞬間、事務所の空気が変わった。 真実とは、こんなにも静かに姿を現すものかと感じた。
最後の一手
依頼人の告白
事件が解決した後、依頼者はそっと一枚の封筒を差し出した。 中には、父の筆跡で書かれた手紙があった。 「この家は、ユウコに。そして息子には誇りを残す」と。
隠し子が相続権を握る結末
実は、ユウコという女性は事実婚の相手で、子である依頼者には戸籍上の血縁がなかった。 しかし、遺言によってその思いは法的に認められたのだった。 人の関係も、登記の裏でようやく整理された。
事件の余韻と事務所の午後
「やれやれ、、、また面倒なことに」
事件の余韻を残しながら、私は椅子に深く腰を沈めた。 やれやれ、、、また面倒なことに首を突っ込んでしまった。 それでも誰かの人生を少しでも良い方向に動かせたなら、それでいい。
サトウさんの塩対応に救われて
「もうちょっとスマートに片付けてください」と、サトウさんが呆れ顔で言う。 「はいはい」と返しながら、今日もなんとか1日が終わった。 事件は解決したが、私のうっかり癖はまだまだ続きそうだった。