消えた花嫁と登記簿の謎

消えた花嫁と登記簿の謎

消えた花嫁と登記簿の謎

朝の法務局に届いた一本の電話

ある月曜の朝、事務所に鳴り響く一本の電話で、一日の空気が変わった。 電話の主は、婚姻届を出しに行ったはずの娘が姿を消したという初老の女性だった。 「法務局で会うって言ってたんです、でも…来なかったんです…」と泣きじゃくる声に、僕は一気に目が覚めた。

婚姻届と同時に消えた女性

娘の名は三浦さやか。 先週、司法書類の認証のことで一度だけうちの事務所に顔を出していた。 そのときは幸せそうな表情で、名字が変わることを実感している様子だった。

嫁いだはずの相手は誰か

婚姻相手とされていた男、佐藤圭介。 登記関係の依頼で何度かやり取りしたことのある人物だったが、最近は連絡がつかない。 これはただの痴情のもつれではなさそうだと直感した。

サトウさん無言の書類チェック

「この戸籍附票、変ですね」 塩対応で有名なうちのサトウさんが、静かに書類を並べ直す。 普段なら指摘を遠慮するような内容も、彼女の目は見逃さなかった。

過去の登記簿に潜む違和感

さやかの旧姓時代の住所に関する登記簿を洗っていくと、不審な共同名義の履歴が浮かび上がった。 その中に「佐藤圭介」の名が複数の住所で現れていたのだ。 しかも、登記内容には微妙な書き換えが加えられている。

旧姓と新姓の狭間で

登記変更のタイミング、婚姻予定日、そしてさやかの失踪日。 この3つが絶妙なズレを持っていた。 おそらく佐藤は、彼女の姓が変わるタイミングを狙って何かを仕掛けていた。

シンドウのうっかりが事件を動かす

「えっ、これ提出してないんですか?」 僕がうっかり押印を忘れていた移転登記の書類。 それをサトウさんが冷蔵庫の上から発見しなければ、事件の全貌は掴めなかったかもしれない。

行き先を変えた転居届の謎

さやかの転居届が出されていた。 だがそれは本人が記入したものではなく、なりすましによる手続きだったことが後に発覚した。 偽の住所と住民票をもとに、婚姻関係を装った形跡がある。

法務局職員の証言とその裏側

「確かにあの男、先週も来てましたよ。女の人と一緒に」 だがその女は、さやかではなかった。 どうやら佐藤は複数の女性に同じような話をして、名前だけを入れ替えて使い回していたのだ。

花嫁の本当の目的

ようやく見つかったさやかは、地方の簡易宿泊所にいた。 結婚相手が信じられなくなり、籍を入れる直前に逃げ出したという。 彼女は法務局での最後の手続き直前で踏みとどまったのだった。

名義変更の落とし穴

婚姻届と同時に不動産の名義変更を狙うという手口。 悪用されれば財産が根こそぎ持っていかれる可能性もある。 司法書士として、ここは社会に注意喚起をせねばならない。

見えない指輪と見せかけの愛情

さやかの指には、最初から指輪などなかった。 愛のかたちも、法的な書類も、紙一枚でどうにでもなるのが現実だ。 僕はその脆さに、改めてぞっとした。

最後の鍵はあの添付書類

提出されていなかった委任状、それが全ての元凶だった。 本人の意思がないままに作られた委任状は、結果的に未遂で終わったとはいえ、限りなく黒に近かった。 「ほんとに、紙一枚って怖いですね」とサトウさんは呟いた。

サトウさんの冷静な推理

「最初から彼女は気づいてたんですよ。相手の視線が、彼女じゃなくて書類に向いてることに」 僕はハッとした。 愛の話ではなく、これは詐欺と登記の話だったのだ。

やれやれ登記も愛も一筋縄ではいかない

帰り際、缶コーヒーを片手に僕はつぶやいた。 「やれやれ、、、こっちは書類とにらめっこしてる間に、愛のほうも事件になってたとはな」 サトウさんはいつもの無表情で、そっと電気を消した。

そして誰も婚姻しなかった

婚姻届は出されず、名義も変わらず、事件は未遂に終わった。 けれど、それはそれでよかったのかもしれない。 少なくとも一人の花嫁が、書類の裏に隠れた罠から逃れたのだから。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓