登記簿が告げた終の住処

登記簿が告げた終の住処

依頼人は誰も住んでいない家の相続を望んだ

訪ねてきたのは無表情な老婦人だった

朝からどんよりとした曇り空のもと、事務所の扉がぎぃと重たく開いた。 そこに立っていたのは、目も口元も動かない、まるで仏像のような老婦人だった。 「この家を、わたしのものにしたいのです」と一言だけ残して、無言で書類を差し出してきた。

登記簿に残された古い所有者の名前

彼女が差し出した土地の登記簿謄本には、見覚えのある名前が載っていた。 ただ、それは10年以上前に死亡しているはずの人物であり、相続登記も未了だった。 「これは……いや、でも待てよ……」思わず独り言を漏らし、背中に冷たい汗が伝った。

サトウさんの違和感が事件の始まりだった

「どう考えてもこの人は法定相続人じゃありません」

依頼人が帰った後、机の上に広げた書類を見て、サトウさんが鋭い声を上げた。 「被相続人の戸籍、全然たどれてないじゃないですか。しかもこの人、他人ですよ」 そこにあるべき法定相続人の存在が、きれいに塗りつぶされたように見えた。

過去の登記が示す不自然な名義変更

念のためと取り寄せた過去の閉鎖登記簿を眺めながら、眉をひそめる。 ある年だけ妙に筆跡が違い、住所の記載も一部が修正液で塗られていた形跡がある。 まるで、何かを隠すために上書きされたようだった。

空き家の隣人が語った不穏な噂

夜中に灯りがつくという幽霊話

現地調査のため、足を運んだ空き家は苔むした瓦屋根と腐りかけた縁側が印象的だった。 隣の家の老夫婦がひょっこり顔を出し、こんな話をした。 「夜中になるとね、あの家の中で灯りがチカチカしてるの。誰もいないのに、不気味よ」

数年前に失踪した兄妹の記憶

さらに話を聞くうち、近所の住人がこう続けた。 「昔ね、あの家に住んでた兄妹がいたの。でもある日ふいにいなくなってね。 誰も引っ越しの挨拶もなかった。あれは失踪だったんじゃないかしら」

司法書士としての職務を越える境界線

僕は警察じゃないと何度も自分に言い聞かせた

ここまで深入りするのは本来の職務じゃない、と自分に言い聞かせていた。 だが、心の奥にこびりつく違和感と、遺された謎が僕を離してくれなかった。 「俺は刑事じゃないんだぞ……」そう呟きながらも、手は資料をめくり続けていた。

しかし妙な手紙を見てしまった

倉庫に保管された古い書類の中に、それはあった。 切手が貼られたまま出されていない封筒。その宛名は失踪した妹の名だった。 中には「ごめんなさい、全部ぼくのせいだ」とだけ書かれた便箋が一枚だけ入っていた。

サトウさんが導いた登記の裏読み

「この名義変更は実質的に白紙です」

黙々と端末を叩いていたサトウさんが、キーボードから顔を上げた。 「これ、印鑑証明の有効期限切れてますね。しかも委任状に記載ミスがある」 つまり、この登記変更は無効である可能性が極めて高かった。

失踪届の出された日と一致する登記日

驚いたことに、登記日付と失踪届の提出日がぴたりと一致していた。 まるで誰かが、兄妹の失踪を予期したかのように登記を準備していた。 偶然にしては出来過ぎている。

記録の中に現れた知られざる家族関係

隠されていた非嫡出子の存在

戸籍の枝葉を丁寧に追っていくと、突然現れた一人の名前があった。 被相続人が若い頃に認知した非嫡出子。彼女の存在は家族の誰にも知らされていなかった。 まさに、血縁を隠した“もう一人の相続人”がいたのだ。

別名義で土地を押さえていた影

その非嫡出子が別名義で取得していた不動産が、この空き家の隣にあった。 明らかに登記上の抜け道を利用していた形跡が残っていた。 まるで、何かを守るために名義を分けていたようだった。

真相に迫る一通の遺言書

封筒の筆跡と消印が一致しない

依頼人が提出してきた遺言書の封筒と本文の筆跡が明らかに異なっていた。 さらに消印が押されているはずの場所にインクのにじみもなかった。 つまり、後から封筒だけ差し替えた可能性が高い。

遺言執行者の資格に関する落とし穴

しかもその遺言の中で指定されていた遺言執行者は、すでに数年前に亡くなっていた。 故意か偶然か、どちらにせよ遺言としての効力は失われていた。 それでも依頼人は「これで間違いない」と強く主張していた。

誰が家を必要としていたのか

遺産狙いではなく家そのものに執着

この家の資産価値はゼロに等しい。 それでも依頼人はなぜか必死で「この家に住む」と言い張っていた。 そこには金銭を超えた執着のようなものが感じられた。

そこにあった“埋もれたもの”

現地を再度訪れたとき、床下から古い木箱が見つかった。 中には妹宛の何通もの手紙と、使われなかった指輪が眠っていた。 家を守ろうとした者の、静かな愛情と哀しみが詰まっていた。

決着は法務局のひとことだった

補正通知が告げた登録免許税の不備

提出された登記申請書に対し、法務局から返ってきたのはあっさりとした補正通知だった。 「登録免許税の算定基礎が間違っております」 その誤りにより、すべての書類が初めからやり直しとなった。

その文書が事件の嘘を暴いた

補正の中に添付された資料が決定打となった。 記載されていた評価証明書の日付が、依頼人の提出した書類と合わなかったのだ。 それによって、遺言も相続も、すべてが偽装だったことが確定した。

やれやれ、、、また無償の調査仕事か

依頼人は去り誰も感謝しなかった

事件が解決しても、老婦人は礼のひとつも言わずに事務所を去った。 「結局、損な役回りは俺か……」とつぶやくと、サトウさんが冷たく言った。 「いつものことですから」――まるでサザエさんのエンディングのように。

それでも一人静かに事務所に戻る

夕暮れの商店街を通り抜け、事務所の鍵を回す。 「やれやれ、、、」ぼそりと呟き、ひとつ伸びをして椅子に座った。 次の依頼が、もうFAXで届いていることを知りながら。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓