偽りの笑顔が語るもの

ある朝、事務所に届いた封筒の中には、古びた遺影の写真が一枚と、名義変更に関する依頼書が同封されていた。遺影の人物は笑顔を浮かべていたが、どこか作り物のような冷たさを感じた。封筒を差し出してきたのは、50代前半の女性だった。

「父が亡くなったので名義変更をお願いします」と彼女は静かに語った。だがその口調には、どこか芝居がかったような、妙な節があった。提出された書類も形式的には整っていたが、どうにも胸騒ぎがして仕方がなかった。

「この筆跡、なんか変ですね」サトウさんが呟いた。元カレのラブレターを思い出した時と同じ目をしていた。確かに、遺言書の署名は、他の文と比べて妙に角張っていた。気になって、旧筆跡と照らし合わせてみることにした。

被相続人にはもう一人、長男がいた。彼は相続の調停中だという。だが、依頼人である長女はその事実に触れようとしなかった。「あの人には関係ありません」と強い口調で言い放った瞬間、その笑顔が一瞬だけ消えた。

名義変更の予定日、長女が突然連絡不能になった。自宅に訪問しても姿はない。代わりに近所の住民がこう漏らした。「最近よく夜中に誰かと口論していたみたいですよ。お父さんの仏壇に向かって」サザエさんの波平でも、そんな娘にはカミナリを落とすだろう。

やがて連絡が取れた彼女は、どこか清々しい顔で現れた。「すみません、ちょっと用事があって」と笑顔で言ったが、目の奥に光はなかった。むしろ、何かを振り切ったような不自然な落ち着きがそこにあった。

近所の人々からの話では、亡くなった父は晩年、認知症気味で、財産の管理にも不安があったという。しかも、騒音や家庭内トラブルで何度も警察が来ていたらしい。まるでワカメが家庭教師を雇いたいと騒いでいたあの回のように、どこか空回りしていた家族関係が浮かび上がる。

改めて遺言書を精査していたとき、奇妙な一文が目に入った。「娘には、感謝している。だが、彼女にすべてを託すことはない」――遺言書には書かれていないが、心情が滲み出たような言葉だった。果たして、真実の遺志はどこにあるのか。

筆跡鑑定を依頼すると、やはり署名は他人の手によるものである可能性が高いとのことだった。誰が、何のために書いたのか。その瞬間、サトウさんが一言、「彼女じゃなく、兄の仕業だったら？」と冷静に指摘した。

兄は地方にいて疎遠だったが、彼には司法書士の知識を持つ知人がいた。その人物が遺言書の形式だけを整え、実際には本人の意思を無視して書き換えた可能性がある。つまり、笑顔の裏で泣いていたのは、長女の方だったのだ。

責任はどこにあるのか、まるでルパン三世のエンディングで流れる「誰のせいでもないけれど…」のような切なさが胸をよぎる。俺はこの案件に深入りしすぎたのかもしれない。いや、見過ごせない何かがあったのだ。

結局、兄が仕掛けた偽造であることが明らかになり、長女は遺産の大半を正当に受け取ることとなった。最後に彼女はこう呟いた。「父は、笑ってなかったと思います」その一言が、俺の胸に重く響いた。

「で、どう落とし前つけるんですか」サトウさんの声は静かだが鋭かった。偽造を手引きした知人司法書士は資格停止処分となり、兄は刑事責任を問われることになった。俺はただ、黙ってコーヒーをすするしかなかった。

事件が終わり、いつものように書類の山に埋もれていたとき、不意にため息が出た。「やれやれ、、、」この仕事、いつも心をかき乱されるばかりだ。だが、誰かの涙を止められるなら、やるしかない。

長女が見せたあの笑顔は、父に裏切られた悲しみを隠すためのものだった。遺影に向かって、彼女は最後にこう言った。「ありがとう、許すよ」その言葉が、ようやく笑顔の意味を教えてくれた気がした。

真実が明らかになっても、誰も喜ぶことはなかった。兄は後悔し、長女は沈黙し、俺はまた、次の事件に巻き込まれる準備を始める。人生は、まるで探偵漫画のように、事件と謎の連続だ。