封印された恋と筆跡

封印された恋と筆跡

封印された恋と筆跡

忙しい月曜の朝と一枚の用紙

朝から雨だった。湿気で紙がペタペタするせいで、ファイルの整理がうまくいかない。 そんなとき、サトウさんがいつもの無表情で封筒を差し出した。 「机の下から出てきました。誰かの書きかけです」そう言うと、また無言でコーヒーを淹れに戻った。

サトウさんの机に残された書類の正体

その封筒の中には、「失恋届」と殴り書きされた紙が一枚。 もちろん正式な書類ではない。だが、どう見ても法務局提出用の用紙を模して作られていた。 ふざけているのか、それとも真面目な未練なのか、、、私はしばらく手を止めた。

破かれた届出用紙と謎の筆跡

紙の端は破れており、数カ所に修正液が使われていた。 名前欄にはサトウという姓がうっすらと見えるが、下の名前は塗りつぶされている。 それでも筆跡からして、これはサトウさん本人のものだと直感した。

なぜ提出されなかったのか

破り捨てた形跡、消された筆跡、未練の痕跡。 この書類は、出すことを望まれていない。いや、誰にも見られたくなかったのだろう。 その思いが、逆に私をこの謎へと引き込んでいく。

記録にない恋人の名前

念のため、彼女の住民票と戸籍を軽く照らし合わせてみた。もちろん公務としてだ(という建前で)。 過去の婚姻歴はない。親族にもそれらしき人物はいない。 だが、手帳のメモに「ユウスケ」という名前が一度だけ記されていた。

旧姓をめぐる疑惑と住民票の照会

「ユウスケ」の姓と住所が一致する人物を突き止めた。 どうやら隣町の司法書士事務所にかつて勤務していたようだ。 それも三年前まで。奇しくも、サトウさんがうちに来る直前である。

書類と指先に残る違和感

サトウさんが書類を渡したとき、一瞬だけ指が震えていたのを私は思い出す。 あの時の冷静さは、演技だったのか。それとも単なる朝のコーヒー切れか。 いや、彼女が震える理由があるとすれば、それは未練か、、、それとも警戒だ。

元カレの不動産と遺産相続の影

「ユウスケ」の名義で登記された小さな土地がある。最近、その所有権が亡父から彼に移っていた。 しかし、相続登記には不備があり、補正指示が来ていた。 その補正書類の依頼が、なぜか当事務所に回ってきたのだ。

やれやれ、、、書類の山に真実が眠っている

まさか、恋の亡霊が補正書類の形で戻ってくるとは。 書類の山の中から、私は慎重に、静かに、当時の関係者の住所録を引っ張り出す。 「やれやれ、、、探偵ごっこも板についてきたかもしれない」と、我ながら苦笑した。

記入欄の余白が語るもの

問題の届出書には、もうひとつ空欄があった。「理由」の欄だ。 そこだけが、まるで意図的に避けたように空白だった。 本当に伝えたかったことは、言葉ではなく空欄で表されたのかもしれない。

サトウさんの過去に迫る来訪者

その日の午後、事務所のドアがそっと開いた。現れたのは、三十代後半の男。 「以前、こちらで働かれているサトウさんとお会いしたいのですが」と言った。 声のトーンと視線の揺れで、彼が“ユウスケ”であることはすぐにわかった。

調査報告書が照らす意外な接点

話を聞けば、彼は最近母親を亡くし、形見の中にサトウさんからの手紙があったという。 それを読み、謝罪と感謝を伝えに来たらしい。 「失恋届」ではなく、和解の印を彼女に手渡したかったのだろう。

本人確認と戸籍の狭間に

私は中立な立場を貫くべきだったが、ここまできたら最後まで見届けるしかない。 彼女の許可を得て、来訪の事実と伝言を伝えた。 サトウさんはほんのわずかに口元を緩め、「もう済んだことです」と言った。

嘘をついたのは誰か

彼女が嘘をついたのではない。 嘘をついたのは、過去の彼女に戻らないと決めた今のサトウさん自身かもしれない。 その決意は、どんな書類にも残されない。

解かれた恋の謎と一つの決断

私ができるのは、未提出の補正書類を淡々と仕上げることだけだった。 「失恋届」は机の奥に戻し、サトウさんには何も問わなかった。 そうすることが、彼女なりの結末を尊重することだと、なんとなく思えたからだ。

そして彼女は失恋届を出さなかった

翌朝、サトウさんはいつも通り出社し、無言でコーヒーを置いた。 そして一言。「今日は登記の期限が3件あるんで、さっさとやってください」 私は小さくうなずいて、心の中で「了解」とつぶやいた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓