仮登記された家の違和感
市街地から少し離れた場所にぽつんと佇む一軒家。外壁は黒ずみ、郵便受けはチラシで膨らんでいた。 そんな家の登記簿を見て、俺は思わず首をかしげた。所有者欄に記載された名義人は、既に亡くなっている人物だったのだ。 しかも仮登記のまま十年以上も放置されていた。これは、ただの不動産相談では終わらなそうだ。
古びた空き家と不自然な来訪者
その家に訪れたのは午後三時。事前に鍵を預かった依頼人は姿を見せず、代わりに黒い帽子を被った中年の男が現れた。 「名義人の甥です」と彼は名刺も出さずに言ったが、どうにも引っかかる。 家の中は生活感が消え、ただ埃と静寂だけが支配していた。
所有者不明のままの登記簿
サトウさんに謄本を見せると、彼女は無言でフンと鼻を鳴らした。 「亡くなった名義人と相続登記が繋がってませんね」 その一言に、思わず「やれやれ、、、」と呟いてしまったのは言うまでもない。
依頼人は口数の少ない男
電話越しの声は低く、重かった。「仮登記を抹消してほしい。ただそれだけです」 何かを隠している。そう感じたのは、俺のうがった見方だろうか。 それでも司法書士としてやるべきことは明確だった。記録を集め、事実を積み上げるだけだ。
沈黙が語る背景の複雑さ
彼の語らぬ事情。それがこの案件をただの登記手続きから、一歩踏み込んだものに変えていく。 家の売却を急ぐ理由も不明なら、相続関係者の所在も曖昧だった。 まるでサザエさんの磯野家から急に誰かが消えたような、そんな不自然な空白があった。
不動産取引の裏に潜む意図
登記簿をたどると、数年前に一度だけ所有権移転が試みられた痕跡があった。 だが、書類不備で申請は却下。記録はそれきりだ。 何かが途中で止まり、誰かがわざと動かなかった、そんな形跡だけが残っていた。
サトウさんの冷静な指摘
「この仮登記、実際の取引に使われてませんね」 モニターを睨みながらサトウさんが言う。俺は口を開けたまま彼女の分析に聞き入るだけだった。 本当にこの事務所は、サトウさんなしでは回らないなと心底思った。
登記簿の記録に潜む違和感
仮登記の日付と契約日が三ヶ月もずれていた。通常ではありえない。 登記原因証明情報を確認すると、手書きで訂正された痕があった。 つまり誰かが「形だけ整えた」可能性があるということだ。
家屋図面との微妙な食い違い
サトウさんが取り出した古い地積測量図には、今ある家屋とは違う建物の構造が描かれていた。 「この図面、旧家屋のものですよ。建て替えたのに、登記してない」 つまり、建て替えを機に何かが変わったということだ。人か、あるいは家そのものか。
仮登記抹消の手続きに潜む罠
通常の手続きであれば、申請書と関係書類をそろえて法務局へ提出するだけだ。 しかし今回のように名義人が亡くなっていて、相続登記が未了だと話はややこしくなる。 誰が相続人で、誰が利害関係人なのか。その整理から始めなければならなかった。
古い判子と現れない権利者
資料の中から出てきた委任状には、時代遅れの丸印が押されていた。 しかも押印者の住所が現住所と一致していない。どこかでズレている。 そして、件の依頼人からは連絡が取れなくなっていた。
架空名義人の可能性
この仮登記自体が、そもそも存在しない人物を使っていたとしたら? それなら仮登記の抹消どころか、登記簿の訂正申請が必要になる。 俺はその可能性を法務局の相談員に問い、絶句された。正直、俺も絶句していた。
過去の事件との接点
ネットで過去の新聞記事を漁ったサトウさんが、無言で記事を差し出した。 「十年前、この家で火災があってます」 そこには、所有者とされていた人物が変死体で発見されたと書かれていた。
十年前の放火と家族の失踪
火災は失火として処理され、遺族は遠方に引っ越したとされていた。 しかし相続登記は行われず、仮登記のまま放置。 その間に、不動産業者が関与した形跡が複数あった。
登記簿に刻まれた痕跡
不動産の履歴は人の記憶よりも正確だ。 でも、時として「書かれなかったこと」が真実を覆い隠す。 仮登記がその象徴だった。まるで、過去の声が封印されているかのように。
やれやれの一服とひらめき
駅前の喫茶店で一服しながら、ふとカップの底に沈んだミルクを眺めていた。 「ああ、全体が見えてなかったんだな」と思った瞬間、全てが繋がった。 仮登記、家の構造、失踪、抹消申請の急ぎ具合。全部が一本の線になった。
お茶請けに潜むヒント
和菓子の包装紙に記された販売元が、火災現場近くの店だった。 「火事のあとに、誰かがあの家に戻ってた」 それが証拠だ。人は思い出の味に戻る。罪も同じだ。戻ってくる。
法務局での意外な証言
法務局の担当者が、ぽつりと漏らした。「この家、昔はあの暴力団の関連で話題になったんですよ」 やっぱりな、と思った。その裏に何があるかまでは深掘りしないが、 今の依頼人は、それを清算したくて動いたのだろう。表の顔で、裏の事情を。
家に戻った声の正体
再び訪れたその家で、俺は依頼人と再会した。 彼は仮登記の真の目的を語った。亡き母が隠れて暮らしていた家だと。 それを整理し、再出発したい。それがすべてだった。
失踪した人物の意外な動機
彼の母は、過去の火災で家族を失い、自分を責めて逃げるようにこの家に戻った。 名義を変えることもせず、ただ暮らした。そして静かに亡くなった。 その痕跡だけが、仮登記という形で残された。
司法書士としての決断
俺は仮登記の抹消手続きと、相続登記を完了させた。 法的には、ようやくこの家が「現在」に戻ってきた。 でもそこに確かに「声」があった。それは、過去を見届けた者だけが知る声だった。
サトウさんの冷ややかな笑み
「やっぱりシンドウさん、最後には役に立ちますね」 皮肉混じりの言葉に、少しだけ頬が緩んだ。 俺は苦笑しながらデスクに腰を下ろした。
後始末と残された余韻
封筒の中には、依頼人からの感謝状と、和菓子がひとつ。 「母の好きだった味です」と添えられていた。 俺はそれを机の引き出しにそっとしまった。
机の上に置かれた封筒
残されたのはもう、封筒と静かな事務所の空気だけだった。 サトウさんはすでにコーヒーを淹れ終えていた。 「さ、次の案件、いきますよ」と言われて、俺はうなだれた。
そしてまた日常へ
事件は終わった。だが仕事は終わらない。 机の上の書類は減るどころか、増えている気さえする。 やれやれ、、、また忙しくなるな。
依頼は減らず今日も忙しい
サザエさん一家が日曜の夜を繰り返すように、 俺たち司法書士もまた、似たような毎日を繰り返す。 けれどその中に、時折こうした物語が紛れ込むのだ。
やれやれと言いながら事務所を閉める
日も暮れ、事務所のシャッターを下ろす音が静かに響く。 サトウさんはすでに自転車で帰路についた。 俺は最後にもう一度つぶやいた。「やれやれ、、、」