四つの名義とひとつの嘘

四つの名義とひとつの嘘

朝の来客と一通の封筒

ある朝、事務所に現れたのは不動産会社の営業マンだった。

突然現れたスーツ姿の男は、無言で茶封筒を差し出した。 封筒の中には、一筆の土地に関する登記簿謄本のコピーと、簡単な手紙が添えられていた。 「この登記、何かおかしいと思いませんか?」そう言って、男は僕の顔をじっと見た。

奇妙な共有名義の登記簿

一筆の土地に、なぜか四人の名前が並ぶ登記内容。

通常であれば家族か法人の名義が想定されるような土地に、まったく関係のない四人の名前があった。 住所も職業も年齢もばらばら、ただ名字だけが一人だけ重なっていた。 それぞれが持分四分の一。まるで意図的に分散されたような名義構成だった。

二人はすでに亡くなっていた

名義人のうち、二人はすでに他界していたという事実が発覚する。

不動産会社が所有権移転の手続を進める中で、名義人の所在確認が取れず戸籍を辿ったという。 結果、二人は五年以上前に死亡していたことが分かった。 だが登記の更新がされていない。これは妙だ。しかもその死亡時期が、やけに近い。

相続放棄されたはずの土地

かつての相続時に、登記が更新されなかった理由とは。

さらに調べると、かつてこの土地を所有していた人物の相続が話題になったことがあった。 新聞の片隅に載っていた「相続人不存在による国庫帰属」の記事。 ところが実際には、その土地は名義変更されていたのだ。奇妙なほど静かに。

遺言に書かれていない名前

被相続人が遺した公正証書遺言には、名義人の一人が存在しなかった。

市役所から取り寄せた遺言の写しを確認すると、そこには三人の名前しか記されていなかった。 ところが登記には四人の名がある。つまり、ひとりは「余計」なのだ。 この“余白”のような一人が、事件の鍵を握っているのだとサトウさんは言った。

サトウさんの仮説

冷静なサトウさんが、ひとつの大胆な可能性を口にする。

「たぶん、偽造です」――サトウさんのその言葉は、コナンくんばりに鋭かった。 古い登記申請書の筆跡、押印の種類、申請日付のタイムラグ。いくつもの点が不自然だった。 彼女の目は、表情に出さないまま、犯人の痕跡をなぞっていた。

僕のうっかりと過去の処分

十年前の名義移転登記、その処理を担当したのは……僕だった。

やれやれ、、、まさか、こんな形で自分の仕事に戻ってくるとは。 当時、持分登記の申請書を複数抱えていた僕は、件の申請に気づかず処理を進めてしまったらしい。 サザエさんで言えば「カツオが自分で植えたひまわりの種を忘れて咲いたのを見て驚く」レベルのうっかりだ。

古い押印と日付のズレ

登記申請書に残る実印と日付の「違和感」に気づく。

サトウさんが気づいたのは、実印のかすれと申請日付との矛盾だった。 明らかに別の日に捺印され、後から提出された形跡があった。 しかも、提出者の氏名欄には、存在しない司法書士の名前が書かれていた。

現れた隠れた当事者

実は名義人の一人が、全てを仕組んだ当事者だった。

「それ、私の弟です」――最後に現れた女性はそう言った。 かつての所有者の遠縁にあたる人物で、土地を手放したくないという執念から、 偽造と名義分散を企て、結果的にこの不自然な登記が出来上がったのだという。

真相は空き家の中に

封印されたままの古家の納戸にあった一通の手紙が鍵を握る。

その手紙には、元の所有者が「土地は売らず、親族で守れ」と記した自筆の遺志が残されていた。 しかし、その願いは法的拘束力を持たず、現実の手続きの前には消え去る運命だった。 それでも、その言葉は今回の一連の行動の“動機”を確かに裏付けていた。

やれやれ僕の夏は終わらない

疲れ果てた僕がつぶやいたその時、事件は静かに終わりを迎える。

手続きのやり直し、法務局との調整、名義人との再確認――考えるだけで胃が痛い。 「やれやれ、、、夏はまだ終わってなかったのか」と僕は書類の山にため息をついた。 その隣でサトウさんが「休暇届、出してないですよ」と淡々と釘を刺してくる。

登記は正しく慎重に

結末として、司法書士としての僕なりの反省を記す。

名義というものは、ただの名前の羅列ではない。その背後には必ず「物語」がある。 今回の事件で僕はそれを身をもって知った。いや、思い出させられたと言うべきか。 うっかり屋の僕でも、少しはこの街に必要とされているのだと信じたい。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓