供託所に眠る約束
あの朝は、いつにも増して事務所の空気が重たかった。いや、重たいというより、張り詰めていたと言ったほうが正確だろう。静かすぎる室内に、ファックスの受信音だけが妙に響いていた。
「これ、見てください」と、サトウさんが無表情で一枚のコピーを差し出す。供託番号が二重線で消されていて、その上に手書きで新しい番号が書かれていた。
朝の電話と不機嫌なサトウさん
その書類は、今朝かかってきた一本の電話がきっかけだった。ある依頼人が「十年前に供託したお金がまだ返ってこない」と言ってきたのだ。供託所に問い合わせても「返還済み」と言うばかり。どうにも食い違っていた。
供託番号を巡る違和感
「番号が違うんじゃないですか?」というサトウさんの一言に、私はすぐに供託書の控えを探した。だが、控えの番号は確かに一致していた。違うのは、供託所の記録のほうだった。
依頼人の顔に浮かぶ影
午後、依頼人が事務所に現れた。深く帽子をかぶり、日焼けした顔にサングラス。まるで『ルパン三世』に出てくる謎の男のようだった。いや、ルパンというより銭形のとっつぁんのほうかもしれない。
十年前の供託記録
供託所から取り寄せた記録を見ると、確かに当時の申請者と依頼人の名前が一致していた。だが、その記録には「返還済」のハンコがしっかり押されていた。誰がいつ、どこで受け取ったのか。それがわからない。
未返還供託の謎
「この印鑑、見覚えありません?」サトウさんが言う。供託記録に押された印影が、別件で見た偽造のそれとよく似ていた。となると、誰かがなりすまして返還を受けた可能性がある。
忘れられた想いの痕跡
「供託したのは、元妻への保証金なんです」と依頼人は打ち明けた。離婚して、遠くに行った彼女のために供託したが、受け取らないまま月日が流れた。彼は今さらになって、それを確認したくなったという。
あの日の申請ミスかそれとも
ふと、あの頃の法務局のやりとりを思い出した。供託返還の手続きは、代理人でも可能だった。誰かが印鑑を偽造して持ち出したのだとしたら、それは明らかに犯罪だ。しかし、なぜ今頃になって?
登記と供託のすれ違い
まるで登記簿に書かれた持分のずれのように、供託の記録と現実は少しずつずれていた。僅かなズレが、十年経って大きな謎になる。それがこの仕事の怖さでもあり、醍醐味でもある。
旧姓に隠された真実
驚くべきことに、返還請求をしたのは「元妻」ではなく、彼女の旧姓を騙った第三者だった。供託物の行方を知っていた者、それは身近な誰かしか考えられない。
サトウさんの無言の指摘
「もう一度、あのときの委任状を見直してみてください」——サトウさんはそれだけ言って、黙って席を立った。その背中は、まるで刑事コロンボの「うちのカミさんがね……」の直前みたいだった。
調査の糸口はスキャナーの中に
私は古いPDFデータを確認した。委任状の筆跡に不自然な傾きがある。しかも、印影の一部が微妙にずれていた。まさか、ここまで手の込んだ細工をするとは……。
書類の端の赤い印
プリントアウトされた書類の隅に、小さな赤い手書きの「星印」が残っていた。これはサトウさんのマーキング癖だ。つまり、彼女は最初からこの書類が怪しいと睨んでいたのだ。
真相に近づく昼下がり
供託所職員との面会で、重要な証言が得られた。「当時、この返還申請は妙に急かされていました。しかも、身分証のコピーがやたら粗かったんです」。その言葉が決定打になった。
供託所職員との再会
対応してくれたのは、昔からの知り合いだった。「まだこの仕事続けてたんですね」と言われたとき、なんとも言えない敗北感に包まれた。そりゃこっちは辞めたくても辞められないんだ。
語られなかった引き出しの記録
未記載の備考欄には、鉛筆で薄く「本人ではない?」と書かれていた。誰かが気づきながら、確証がなくて見逃した。そう思うと、少しだけ胸が苦しくなった。
やれやれと呟きながら
事務所に戻り、コーヒーを淹れ直した。いつもより苦いその味に、疲れがどっと押し寄せる。「やれやれ、、、」そう呟くと、サトウさんがこちらを見ずに言った。
「でも、うまく落ちましたね。最後のページで」……何の話だよ。推理漫画の読者か。
過去と現在をつなぐ鍵
結局、元妻とは連絡がつかなかった。ただ、供託金は不正に持ち出されたものとして捜査が始まった。依頼人は、「ありがとう」とだけ言って、深く頭を下げた。
最後の書類が示す真実
書類には「本人確認不十分につき注意」と朱書きされたコピーが残されていた。それが今回、真実への扉を開く鍵になった。紙一枚の重みが、こんなにも大きいとは。
供託物とともに返されたもの
全てが終わったあと、私は依頼人が残していった封筒を開けた。中には供託金の写しと、手紙が入っていた。「十年前の俺より、今の俺の方が少しマシです」と書かれていた。
やれやれ、供託ってのは金より重いもんが託されてるもんだな……と、独りごちた。