古びた家の相続相談
突然の依頼人と空き家の謎
午後のコーヒーに手を伸ばしかけた時、ドアのチャイムが鳴った。年の頃は六十前後、濃い色の喪服に身を包んだ女性が、控えめに頭を下げてきた。「実家の相続について相談したいんです」。そう言って差し出された資料の中に、一枚の登記事項証明書があった。
目を通すと、妙な違和感があった。現在の名義人は依頼人の母親となっていたが、数年前に他界しているという。ならばなぜ、彼女の名で数ヶ月前に所有権移転がされているのか。古びた木造家屋の登記簿は、どうにも辻褄が合わなかった。
登記簿に記された名義の違和感
「この移転登記、司法書士が関与してますよね?」とサトウさんが冷たく指摘する。確かに、添付書類には司法書士の職印があるが、記載された事務所名はもう廃業しているはずだ。嫌な予感がした。
俺はページの端に走り書きされたメモを見つけた。「立ち会いは不要」。そこにこそ、事の真相へ続く扉がある気がした。
踏み込めない違和感
元の所有者の転居記録と失踪の影
市役所で戸籍と住民票を調べると、母親は数年前に介護施設に入所し、その直後に死亡していた。転居届が出されているものの、実際の転居先とは一致しない不可解な記録もあった。まるで、誰かが彼女の名前を「使っていた」かのようだった。
これは、サザエさんで言えばマスオさんが突然カツオの名で土地を買っていたような、そんな不自然さだ。見えない誰かの意図が、記録の中に潜んでいた。
隠された住所変更と所在不明者
相続人の一人である兄が、5年前に失踪していたことも判明した。彼が最後に連絡を取っていたのは、ある不動産業者だった。サトウさんが冷静に口を開く。「この人、名義を利用して資産を操作した可能性がありますね」。
やれやれ、、、やっぱりただの相続相談じゃなかった。
サトウさんの冷静な推理
塩対応の奥にひそむ直感の鋭さ
俺がひとりで頭を抱えていると、サトウさんがノートPCをパチパチと打っている。「仮登記が先月出されてます。しかも、住所は別の司法書士がいた町に一致」。その口ぶりはまるで、探偵漫画の名探偵そのものだ。
「依頼者は被害者じゃないかもしれませんよ、シンドウ先生」。サトウさんの冷淡な声に、俺は思わず背筋を伸ばした。
古い謄本から導かれた人物相関
倉庫の奥にあった古い登記簿謄本には、被相続人の兄の名前が別の土地にも記載されていた。その土地はすでに売却済み。売主は、亡くなった母親の名義を使っていたのだ。この情報が事実なら、兄は生きている可能性が高い。
さらに、その売却に使われた委任状の日付が、母の死亡後となっていた。つまり、偽造だ。
登場するもう一つの仮登記
不自然な仮登記と失われた委任状
「この仮登記、もとの委任状が法務局に提出されていませんね」サトウさんが見せたのは、登記申請書の写しだった。委任者欄には確かに母の名前があるが、筆跡があまりに粗い。サインも震えていて、施設での記録と明らかに異なっていた。
法務局に照会をかけた結果、提出された書類が正式なものではないことが確認された。偽造の可能性が濃厚だ。
誰が得をするかで見えてくる構図
結局、一連の仮登記と売却で利益を得ていたのは兄だった。失踪というより「雲隠れ」していただけ。まるで某怪盗が煙玉で姿を消すように。
だが違法に得た金はすでに消えていた。依頼者は騙されたのか、それとも共犯か。謎は深まるばかりだった。
鍵となる遺産分割協議書
偽造の可能性と真実を語らぬ家族
依頼人に再度来所をお願いし、遺産分割協議書の原本を見せてもらった。だが印鑑が擦れており、他の相続人の署名もバラバラだった。しかも、兄の署名は明らかに後付け。それを指摘すると、依頼人の表情が一瞬だけ曇った。
「兄から全部任せてと言われて、、、わたし、騙されてたのかも」彼女の声は小さく震えていた。
サザエさん一家のようでいて違う現実
家族はひとつ、などというのは昭和の理想だ。現実には、金のために偽造もするし、失踪もする。波平さんのような厳格な父親も、いないのが現代なのだろう。
「正義感で飯が食えるなら、俺も探偵になってたよ」そう呟きながら、俺は書類を整えた。
やれやれ、、、な展開
現地調査で見つかった新たな証拠
家屋の現地調査を行った際、押し入れの中から古い通帳とメモが見つかった。「このままじゃ、全部バレる」。その筆跡は、協議書の署名と一致した。兄が書いたものだ。
つまり、彼は最後の最後で逃げ道を探していたのだ。だが、逃げ切れなかった。記録は消せない。
足元の雑草が語る証言
庭の雑草は膝丈まで伸びていたが、一本だけ踏み倒された跡があった。「最近誰かがここに来た」。それが最後の証拠になった。監視カメラの映像には、帽子を深くかぶった男の姿が残っていた。
やれやれ、、、本当にもう、現場仕事は腰にくる。
シンドウの失敗と逆転
うっかり出した書類が呼び込んだ真相
実は俺、誤って登記簿の閉鎖謄本を請求してしまっていた。だがそれが功を奏し、過去の名義変更の詳細が明らかになった。そこには、兄が過去にも別人名義で土地を登記していた記録があった。
「野球で言えば、エラーのあとに逆転ホームランですよ」とサトウさんがボソッと言った。俺は少しだけ胸を張った。
司法書士としての一打逆転
法務局への申出と、刑事告発の手続を進めることで、名義の抹消が可能となった。依頼人も協力を約束してくれた。真実を暴いたのは、俺たち司法書士の地道な調査だった。
やれやれ、、、今日も書類との格闘だ。
語られる家族の真相
仮面の裏にあった後悔と欲望
兄が捕まったという知らせが届いたのは、それから二週間後だった。取り調べで彼は「家族に認められたかった」と語ったという。仮面の裏にあったのは、捨てきれない劣等感と、嫉妬だった。
誰もが少しずつ間違える。ただ、それが誰かを傷つけてはならないだけだ。
それでも残された人のために
依頼人は涙を拭きながら言った。「この家、壊さずに残そうと思います」。それが、罪と向き合う彼女なりの答えだった。俺は「そうですね」とだけ答えた。
それ以上の言葉は、いらなかった。
終わらない登記の物語
解決しても残るもの
事件は終わったが、書類はまだ山積みだ。俺たちの仕事は、登記を通じて人の記憶と向き合うことだ。紙の上に刻まれた数字と名前が、時に過去を照らし、時に未来を変える。
それは派手な推理劇ではない。でも確かに、真実を見つける力がそこにある。
それでも明日は書類と向き合う
朝の事務所には、いつものようにサトウさんの「おはようございます」が響く。俺はちょっとだけ笑って、「今日も元気に地味仕事だ」と応じた。
やれやれ、、、だが悪くない。俺の仕事も、俺の人生も。