猫が見た最後の契約書

猫が見た最後の契約書

猫が見た最後の契約書

朝の来客は黒猫と依頼人

その朝、事務所のドアが開く音と共に入ってきたのは、スーツ姿の男と、その足元を悠々と歩く黒猫だった。猫好きな依頼人かと思いきや、猫は男の飼い猫ではないという。

「気がついたらついてきたんです。何か縁起がいい気がして……」と、苦笑いを浮かべていた。猫は受付横のファイル棚の上に飛び乗り、こちらをじっと見ていた。まるで、自分が今日の主役だと言わんばかりに。

登記の相談かと思いきや不可解な遺言書

男は封筒から皺だらけの紙を取り出した。遺言書のようだった。曰く「この土地を遺してくれた伯父が亡くなった。司法書士さんに相続登記をお願いしたい」とのこと。

しかし、相続人の欄に妙な記述があった。「遺産はすべて愛猫クロに譲る」。サザエさんの波平さんでもここまでの無茶は言わない。

「猫も相続人ですか」

私は思わず吹き出しかけて、「ペットは法律上、相続人にはなれませんよ」と説明した。だがその時、ふと違和感を覚えた。日付の筆跡が微妙に違うのだ。

サトウさんが、ぴしゃりと一言。「その文面、どう見ても後から付け足されたものですね」。私は顔をしかめた。猫がきっかけでこんな厄介な話になるとは。「やれやれ、、、まるで金田一少年の事件簿だな」と独りごちた。

書類に残された不自然な押印

さらに精査してみると、遺言書の押印にも奇妙な点があった。印影が斜めにずれており、通常の捺印とは異なる角度で押されていた。

しかも、同じ印が別の位置にもう一つ、まるで二度押ししたかのようにかすれて残っている。私は何かを思い出しかけていた。昔、登記簿謄本で見た不正登記の手口だ。

被相続人の死亡日と猫の消失

「そういえば、猫のクロって、いつからいないんですか?」と尋ねると、男は口ごもった。「亡くなった次の日から、見かけません……」

それもおかしい。猫は飼い主の匂いが残る家からなかなか離れないはずだ。しかも、今朝ついてきた黒猫と、遺言に書かれていたクロが同じ個体なら——。不自然な一致が、静かに首をもたげた。

サトウさんの冷静な矛盾指摘

「死亡届の日付と、遺言の日付が逆になってますよ」。サトウさんの指摘は鋭かった。遺言の日付は死亡の翌日。ありえない。幽霊が遺言でも書いたというのか。

私は背筋に寒気を感じながら、依頼人を見た。その目が一瞬泳いだのを、私は見逃さなかった。

遺言執行者の名前に潜む罠

「ここに書かれている遺言執行者、この人、3年前に亡くなってるはずです」。戸籍を確認していたサトウさんが、冷静に続けた。「つまりこの遺言書、少なくとも一部は完全に偽造ですね」。

依頼人の顔から、ついに血の気が引いた。

司法書士が見抜いた筆跡の秘密

筆跡鑑定まではしなくてもわかった。普段の署名と、今回のものが明らかに違う。私は過去の登記書類を引っ張り出し、同じ人物が署名した書類と並べてみせた。

「これ、同じ人が書いてるようには見えませんよね」。黙り込む依頼人。沈黙は時に、自白より雄弁だ。

猫の首輪と押印具の接点

その時、黒猫が「ニャー」と鳴きながら、何かを落とした。それは小さなケースで、中には古びた印鑑が入っていた。「これ、故人のものでは?」と私が言うと、サトウさんがさっとメジャーを取り出して計測した。

「押印に使われたのと一致してます」。黒猫、やはりお前が鍵だったのか。

あの物件にはもう一人いた

被相続人と同居していたのはこの男だけではなかった。近所の聞き込みでわかったのは、別の親族が定期的に通っていたこと。

「その人なら遺産がもらえるかも」との噂が町内にあったらしい。事件の動機が徐々に浮かび上がってくる。

誰が猫に餌をやっていたのか

「ところで、この猫に最近餌をやってたのは誰ですか?」私の質問に依頼人は答えなかった。だが隣町のコンビニの防犯カメラに、缶詰を買う姿が映っていた。

飼っていない猫に毎日餌をやる理由があるとすれば、それは「目撃者」を黙らせるためか——。

「やれやれ、、、猫にまで騙されるとは」

真相が明るみに出た瞬間、私は椅子に沈み込んだ。まさか猫が証拠品を運び、鍵を握るとは。ルパン三世もびっくりの展開だ。

「やれやれ、、、猫にまで振り回されるとは、司法書士稼業も楽じゃない」。

猫の証言が暴いた真犯人

結局、依頼人は遺言書の偽造と不正登記未遂で逮捕された。黒猫は保護され、地域猫として町の人気者になった。

あの日の印鑑も、猫の首輪も、すべてが物語っていた。「嘘をついたのは人間だけです」と。真実は、いつだって静かに隠れている。

登記申請とともに解き明かされる真相

私は、正当な相続人のために登記申請を行った。その土地には今、別の家が建とうとしている。猫のクロは、近くの公園で昼寝していた。

事件の記憶を残して。

黒猫は静かに窓辺を見つめていた

事件後も、黒猫は時折事務所に顔を出す。サトウさんは「おやつ代は請求しますよ」と言いながらも、黙って餌をやっている。

私は、窓辺で丸くなる黒猫を見て、ふと思う。「次の事件も、お前が連れてくるのか?」

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓