遺言書に記された謎の一文
亡き夫が残した不可解な言葉
「すべては愛した者に託す」とだけ書かれた遺言書が、年配の女性から持ち込まれた。ご主人は二ヶ月前に亡くなり、この遺言が公正証書として作成されていたという。しかし、その“愛した者”が誰なのかは明記されていない。息子でもなければ、妻でもないのかもしれない。
「なんですかねこれ、ラブレターですか?」とサトウさんが冷たく言い放つ。ごもっともな感想である。だが、司法書士としては笑って済ませるわけにはいかない。財産の名義変更には、この遺言の意味が鍵を握っている。
依頼人が語る涙の真相
「私は、最後の数年、彼に愛されていた自信がないんです」依頼人は、涙をこらえながらそう呟いた。財産の話をしたいのではない。夫の最後の“愛”がどこに向いていたのかを知りたいのだ。その哀しみが、遺言の解釈をより困難にしていた。
愛も、遺言も、書き直せない。そう言いたげな彼女の姿に、なぜか胸がつまった。
司法書士事務所に届いた封筒
手紙か証拠かそれとも罠か
数日後、事務所に一通の封筒が届いた。差出人不明。中身は手紙一通と、ある女性の写真。手紙にはこう書かれていた。「あの人が最後に会っていた“愛した者”はこの人です」と。
「怪盗キッドからの挑戦状ですか?」と、ぼそりとサトウさんが呟く。サザエさんでは波平が怒鳴って破りそうな展開だが、これは現実。相続の行方を左右する、新たな謎が投げ込まれた。
サトウさんの冷静な推理
「この手紙、偽物ですね。封筒の消印が3日前で、死亡日より後。つまり、この手紙を書いたのは相続発生後の第三者」 いつものように塩対応のトーンだが、推理は鋭い。書かれていた女性の名前をネットで検索すると、不倫相手ではなく昔の教え子だったことが判明する。
「愛とはいろいろな形がありますからね」と彼女は続ける。皮肉なのか、感傷なのか、それはわからなかった。
登記簿と過去の記録に潜む秘密
所有権移転に隠されたもう一つの意図
被相続人名義の土地のひとつが、半年前に第三者名義に移転していた。しかも、その名義人は例の“教え子”。贈与登記で、特段の対価もなく移転している。これは相続前に資産を動かした形跡だ。
「あの人は、本当に私を…?」と依頼人がつぶやく。書かれなかった名前、残されなかった言葉、それが生む不信。証拠があるほど、真実は遠ざかる。皮肉なものだ。
被相続人の二重生活疑惑
さらに掘り下げると、被相続人は地方都市にもう一つ部屋を借りていたことがわかった。そこには多くの書類、写真、そして未提出の遺言書の草稿が残されていた。「愛する者へ」と始まり、「すべてはお前に託したい」と結ばれている。
だが、その遺言には署名も日付もなかった。法的には無効。愛の証拠としては十分でも、登記を動かすには足りなかった。
元野球部の嗅覚が騒ぎ出す
遺言書の筆跡に見た違和感
公正証書遺言の控えを眺めていて、ふとあることに気づいた。署名の字が、昔の登記申請書と比べて微妙に違う。 「この“高”の字、跳ね方が不自然だな」 感覚的な違和感。だが、現場で鍛えた観察眼は、時に真実を炙り出す。
元野球部の集中力が再び発動。もしかしたら、これは書かされた遺言なのかもしれない。ならば誰が?
書き直されなかった理由を追って
結論から言えば、遺言は無理に書かされたものではなかった。本人の字で、しかし最後に“何か”を言いかけた形跡があった。下書きに「でも本当は——」とだけ書かれていたのだ。 それを見て、依頼人は目を閉じた。
「彼は、最後まで誰も傷つけたくなかったんですね」 それが、書き直さなかった理由かもしれない。
やれやれの先に待つ答え
サトウさんの一言が全てをつなぐ
「つまりこういうことですね。愛したのは教え子。でも、家族を裏切る言葉にはしたくなかった。だから“愛した者”とだけ書いた。それなら誰も損をしない」
やれやれ、、、またしても、真実は正義とは限らない。
愛と遺言が交差するラスト
結局、登記は依頼人のものになった。法的には当然。でも、彼女は最後にこう言った。「あの人が本当に渡したかったのは、この土地じゃなくて、思い出だったのかもしれませんね」
机に残された未提出の遺言草稿とともに、心の奥に何かが残った気がした。