静寂の庁舎に響く嘘

静寂の庁舎に響く嘘

静寂の庁舎に響く嘘

役所という場所は、どこか特別な静けさを持っている。人の出入りはあるが、無駄口を叩く者はいない。今日も例外ではなかった。

僕が事務所に戻る途中で立ち寄った市役所は、空調の音と紙をめくる音が主役だった。だが、その静寂の中に、違和感のようなものがあった。

その違和感は、後に予想外の真実を暴く扉となったのだ。

午前八時四十五分の来訪者

その男は、朝一番でやってきた。無言で受付に書類を差し出し、最低限の手続きを済ませると、足早に立ち去ったという。

受付の職員も「必要最低限の言葉しか発しなかった」と語った。名前は山根。書類には、古い建物の名義変更とあった。

一見、よくある不動産関連の相談だが、どうにもその「無言さ」が、サトウさんには引っかかったらしい。

申請書を握る無言の男

提出された書類は、記入漏れもなく、実に整然としていた。だが、それが逆に不自然だった。

「初めての人がこんなに完璧に書けますかね?」とサトウさんは呟いた。冷静だが、その目は鋭い。

完璧さは時として、隠したい何かの裏返しである。怪盗キッドも変装が完璧すぎてバレる。そういうものだ。

サトウさんの違和感

サトウさんは、その男が提出した申請書類のコピーを見ながら、ペンをくるくると回していた。

「この建物、今年の登記簿上ではまだ空き家のはずなんですよ」

彼女は過去の案件で見たデータを記憶していた。登記情報は静的でも、サトウさんの記憶は動的なのだ。

無駄のない動作に潜む不自然さ

監視カメラの映像を職員に見せてもらうと、山根と名乗る男の動きは滑らかすぎた。

まるでルパン三世のように、何の迷いもなく庁舎の中を歩いていた。初めて来たとは思えない。

「これは、事前に下見してますね」とサトウさんは言った。

消えた添付書類

午後、法務局に提出された申請書類一式を確認することになった。だが、そこには決定的な違いがあった。

役所で見たときにはあったはずの「委任状の写し」が、抜けていたのだ。

それに気づいたとき、事務所の空気が少しだけ変わった気がした。

チェックリストに記された謎の一行

僕の机の片隅にあったチェックリストを、サトウさんが指差した。

「これ、昨日の夕方にFAXで届いた分です。委任状の印影が、役所の保管分と違う」

つまり、二種類の印鑑が存在することになる。まるで、書類が勝手に“入れ替わって”いたかのように。

登記情報の罠

法務局で調べた登記情報は、思ったよりもシンプルだった。だがそのシンプルさが罠だった。

「移転前の名義人、死亡してるじゃないですか」とサトウさんが言った。

死人の名義が勝手に動いている。つまり、これは完全な不正登記の可能性があった。

法務局に存在しない地番

調査を進めると、さらにおかしな点が見つかった。記載された土地の一部の地番が、法務局の地図に載っていない。

古い地図帳には存在していたが、すでに統合されていた区域だ。

つまり、その地番をあえて使うことで、職員の目をくらませようとしていたのだ。

役所の応答しない沈黙

その後、役所に照会をかけたが、返答は遅かった。いつもは即日返ってくるのに。

「おかしいですね、なんでこんなに時間がかかるんだろ」と僕が言うと、サトウさんはため息をついた。

「誰かが内部で止めてます。たぶん、分かってて黙ってるんですよ」

誰がどこで申請を止めたのか

役所内の文書管理簿にアクセスすると、問題の申請書類は“差戻し”として扱われていた。

しかも、その理由は「添付書類不備」となっている。明らかに後から辻褄合わせで追加された痕跡がある。

誰が? いつ? なぜ? 書類が勝手に喋ってくれるわけじゃないから、やっかいだ。

サザエさんに学ぶ職員の動き

庁舎の動きが不自然だった。普段はサザエさんのように、庁舎の誰かしらが「おーい波平ー!」と騒がしいのに、あの日はやけに静かだった。

サトウさんが言った。「たぶん、職員が裏で動いてましたね。申請書類の差替えに」

人が動かないと書類も動かない。だから、僕たちは人の行動を追った。

昼下がりに消えた係長の行方

記録を見ると、係長の姿が午後に庁舎から消えていた。定時退庁ではなかった。

だが、出勤簿には「勤務」と記されている。どこかで虚偽申告している可能性がある。

「やれやれ、、、まためんどくさい展開になってきたな」と僕は思わず口にした。

元野球部の嗅覚

役所の裏手にある通用口の映像を見ていたとき、僕は違和感を覚えた。

「この歩き方、野球部なら分かる。下半身が逃げてる。隠し事がある奴の足取りだ」

元野球部の嗅覚というやつかもしれない。あるいは、単なる勘だ。

あの足の運びは内野ゴロだな

画面の中の男は、通用口から書類の束を持ち出していた。内野ゴロを処理するように、ぎこちなく。

「あの係長ですね。あとは証拠が揃えばクロです」とサトウさん。

証拠集めは、地道で退屈で、でも肝心なところだ。内野ゴロも一塁に送らなければアウトは取れない。

夕方五時の証言

係長に話を聞くと、彼は「そんな人物、見てません」と繰り返すだけだった。

だが、その無表情が逆に嘘を語っていた。サトウさんはすぐに感づいたようだった。

「嘘をつくとき、人は無になるんです」と彼女は静かに言った。

沈黙の意味を読み解く

役所は語らない。だが、人は沈黙の中で語ってしまうものだ。

結局、係長は懲戒処分となり、書類の偽造と内部操作が明るみに出た。

提出された申請は無効となり、元の名義へと差し戻された。

最後の登記簿が語ったこと

登記簿の最後の記載欄には、訂正印が一つ、押されていた。

その印影は、僕たちが初めに見たものとはまったく異なるものだった。

「偽物の中に、ほんの少しだけ本物が混ざっていた。それが罠だったんでしょうね」と僕。

印影に滲む犯意

偽造はプロの手によるものだった。まるでキャッツアイが残したサインのように。

だが、プロゆえにミスを恐れすぎて、逆に整いすぎていたのだ。

整いすぎたものには、たいてい裏がある。それが推理の基本だ。

嘘の記録と本当の決着

事件が終わった夜、サトウさんがコーヒーを淹れてくれた。いつも通り、無言で。

「役所が語らないなら、書類に語らせるしかないですね」

彼女のその一言が、今日の締めくくりだった。

真実は書類の裏に

今日も紙の山の中に、誰かの嘘が紛れているかもしれない。

でも、書類をめくるたびに、それは姿を現す。司法書士という仕事は、そういう仕事だ。

やれやれ、、、明日も紙と格闘だ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓