登記簿が導いた沈黙の家

登記簿が導いた沈黙の家

登記の相談に来た奇妙な男

その男は、まるでアニメの悪役みたいな黒いスーツを着て現れた。夏だというのに、長袖のシャツに手袋。汗ひとつかいていないのが逆に不自然だった。

「この遺産分割協議書で相続登記をお願いしたいんですが」と差し出された封筒には、古びた家の写真と、手書きの協議書らしきものが入っていた。

一見して問題なさそうに見えたが、どこか胸の奥にざわざわする感覚があった。経験上、こういうときは何かが隠れている。

黒いスーツと異様な静けさ

その男の声は小さく、何かに怯えているようにも見えた。だが目だけは妙に鋭く、こちらの反応を探っているようだった。

相談中、男は一度も目をそらさなかった。名刺を求めると、「今日は忘れてしまって…」と答えたが、それも不自然だ。

「サザエさんの波平でも持ってくるぞ、名刺ぐらい」と思いながらも、無言でうなずくしかなかった。

空欄だらけの遺産分割協議書

協議書を開いてみると、相続人の名前と印はあるが、肝心の分割内容や被相続人の記載が抜けていた。

「これ、ひな形のままじゃないか…」思わず口に出すと、男は「あとは書き足す予定でして」と苦笑いを浮かべた。

いや、これは苦笑いで済む話ではない。登記原因も不明、必要書類も足りない。初手から地雷臭がすごい。

サトウさんの疑念

相談が終わると、サトウさんがすぐに言った。「あれ、怪しいですよね。特に筆跡が。」

私はうっかり見逃していたが、サトウさんの目はごまかせない。彼女はコピーを指差し、「こことここ、同じ人の字ですよ」と指摘した。

やれやれ、、、また面倒なことになりそうだ。

筆跡の違和感

確かに、三名分の署名のうち、二つは形が酷似していた。しかも印影も微妙にずれている。

「この協議書、偽造の可能性ありますね」サトウさんは断言した。彼女がそこまで言うなら間違いない。

私は再度、依頼人の氏名をネットで検索し始めた。

遺言書に隠された仕掛け

依頼人の名前でヒットしたのは、3年前に自殺したという古い記事だった。だが、顔写真が…同一人物。

「え? 亡くなってる? でもさっき来たよな」

混乱する私を横目に、サトウさんが冷静に言った。「たぶん、兄弟か親族が名を偽ってるんでしょうね」

不審な依頼人の正体

調べを進めるうちに、登記簿に見慣れない空白を見つけた。住所地の履歴に「削除」の文字があったのだ。

普通は削除されることはない。何か意図的に記録が消されている気がした。

「これ、何かが隠されてますね」私は資料を抱えて旧家を訪ねる決心をした。

本籍地の登記簿に現れた空白

本籍地を取り寄せたところ、戸籍にも空白があった。相続人の一人が除籍になっていたが、理由が記載されていない。

「死亡? それとも失踪?」戸籍係に確認したが「個人情報なので…」と断られた。

それでも、裏で何かが動いていることは明白だった。

隠された過去の相続放棄

役所で粘って調べた結果、かつて行われた相続放棄の記録が見つかった。しかも同一不動産についてだった。

つまり、今回の登記は二重の相続を狙った何者かの策略だった。

司法書士をなめるなよ…と自分で思いながらも、胃の痛みが止まらなかった。

空き家となった旧家の調査

旧家は郊外の山あいにあり、まるで時が止まったようだった。軒先には郵便物が山積みだった。

玄関は施錠されていなかった。入ってすぐ、古い写真と香典袋が転がっていた。

誰かが最近までいた形跡がある。にもかかわらず、近隣住民は「誰も住んでない」と言う。

隣人が語った不気味な家族史

話を聞いた隣人の老婆は言った。「あの家の次男さんね、昔からちょっと変わってて…よく一人で葬式の真似事してたのよ」

ぞっとした。まさか、死んだ兄に成りすまして登記を?

「完全にブラックジャックというより、ブラック司法の世界ですね」とサトウさんが冷たく笑った。

窓から見えた赤いハンカチ

帰り際、二階の窓から揺れる赤いハンカチが目に入った。中に人がいる?

私は迷ったが、サトウさんが「行きましょう」と背中を押してくれた。

結果、それが決定打になった。

サトウさんの推理

帰所後、サトウさんが紙を何枚か並べて言った。「これ、時系列おかしいんですよ」

提出された協議書の日付と、登記原因証明の作成日が一致していない。

つまり、あの協議書は後から作られた偽物だった。

時系列のズレに気づいた瞬間

「協議が成立したのは3月なのに、原因証明は1月。先に登記理由ができてるなんてありえません」

その事実に気づいた瞬間、全てがつながった。

私たちは登記申請を一時保留し、警察に通報した。

登記日付が告げる別の真実

しかも、登記原因日が過去の失踪宣告と同じ日だった。意図的に狙って選んだに違いない。

これは完全に計画された犯行だった。司法書士を利用した詐欺だ。

「でも、ちゃんと止めたからいいですよ」とサトウさんはポツリと言った。

シンドウの現地訪問

後日、私は警察と共に再び旧家を訪ねた。赤いハンカチの部屋からは、逃げる男が一人。

彼こそ、死亡した兄に成りすました次男だった。

「こんなことになるなんて…」と彼は繰り返していた。

鍵の開いた扉と古びた写真

部屋には遺影が二つ。片方は破られていた。

家族に埋もれた憎しみと執着が、静かに沈殿していた。

やるせない気持ちになったが、仕事は終えねばならない。

押入れにあったもう一通の遺言

警察が押入れで発見したのは、真正な遺言書だった。

そこには、全財産を地元の児童養護施設に寄付すると記されていた。

皮肉な結末だった。だが、遺志は守られた。

隠蔽された相続トリック

今回の件は、典型的な登記を使った犯罪だった。だが、我々司法書士が阻止できたことは意味がある。

書類一枚でも、見る人が見れば真実が透けて見える。

やれやれ、、、これだからこの仕事は油断できない。

書類に仕込まれた印影の罠

最後に見つかったのは、印鑑証明の偽造痕。見た目は完璧だったが、発行番号が存在しなかった。

その番号、実は昔私が担当した別案件で使ったものと酷似していた。

まさか過去の仕事が裏で使われるとは…本当に油断ならない。

偽装された登記原因証明情報

原因証明情報の書式も、どこかのテンプレートをそのままコピーしたものだった。

細部に粗があり、印刷日が抜けていたことが発覚のきっかけになった。

「結局、手を抜いた人間が負けるんですね」とサトウさんは言った。

真犯人との対峙

犯人は逮捕された。顔を合わせた最後の瞬間、彼は私にこう言った。

「司法書士なんてただの書類屋だと思ってた」

その言葉に、私は心の中で「なら、なぜ失敗した」とつぶやいた。

司法書士だからこそ見抜けた点

偽造も虚偽も、私たちの目は騙せない。登記の世界は書類の精度で全てが決まる。

それを知っていたからこそ、私たちは止められたのだ。

「司法書士をなめんなよ」なんて言ってみたかったが、ぐっとこらえた。

サトウさんの冷静な一言

事務所に戻ると、サトウさんが言った。「次の予約、明日9時です」

この人は、やっぱり強い。

私はコーヒーを飲み干して、ため息をついた。「やれやれ、、、」

事件の顛末とその後

被相続人の遺志は守られ、旧家は市に寄贈されることとなった。

法的な整理も私が請け負い、ようやく一区切りがついた。

静かな街の片隅で、小さな正義が実現した。

遺産の行方と家族の再会

遠方にいた別の相続人が手紙をくれた。「兄がそんなことしていたなんて」と涙ぐむ文章だった。

家族とは不思議なもので、憎しみも愛情も時間を超えて残る。

その処理をするのが、私の仕事でもある。

司法書士の仕事の意味

誰かの死のあとに、誰かの未来が続いていく。

書類を整えることで、人のつながりを形にする。

やれやれ、、、それでも仕事は終わらない。

やれやれ、、、それでも仕事は終わらない

次の朝、事務所のドアがまた開く音がした。

「相続のことで相談があるんですが…」

コーヒーを片手に、私は席を立った。今日は今日で、また別の物語が始まる。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓