登場した一通の封筒
土曜の朝に届いた差出人不明の書類
司法書士事務所に届いた一通の封筒。封筒には依頼主の名前も住所もなく、ただ宛名に「シンドウ司法書士事務所御中」とだけ書かれていた。差出人不明の郵便なんて、ろくなことがない。いや、正確には面倒なことしかない。
封を切った依頼人の怯えた表情
封を切ると、中から出てきたのは古びたコピーのような書類数枚と、まるでパーティーの招待状のような便箋。依頼人の男性は、その中身を見るなり顔を青くして、「お願いです、先生、これを処理してください」と頭を下げてきた。何かを隠すような、いや、怯えるような眼だった。
遺言書に記された謎の条件
判読不能な筆跡と二重線の意味
便箋は、遺言書のコピーらしかった。だが、筆跡は乱れ、途中で二重線が何度も引かれ、訂正印も押されていない。内容も曖昧で「この土地を…真の持ち主へ…」といった抽象的な文言ばかり。遺言としては到底有効とは言えないが、依頼人はそれを「本物だ」と言い張った。
サトウさんの冷静な分析
「この筆跡、明らかに途中で変わってますね。インクのにじみ方も違う。コピーの継ぎ接ぎじゃないですか?」サトウさんは淡々と、しかし容赦なく指摘する。さすが塩対応。だが、その冷静さが何より頼もしい。
不審な権利変動の履歴
昭和の終わりに消された登記記録
土地の登記簿を確認すると、奇妙な空白期間があった。昭和の終わり頃、数ヶ月だけ誰かが所有していた形跡があるが、その後抹消されていた。なぜそんな操作がなされたのか、理由はどこにも書かれていなかった。
元所有者の行方不明届
その抹消直前に、その所有者の行方不明届が出されていたことがわかった。まるで記録を消すように消されている。まるで、、、そう、アニメの「サザエさん」で突然登場人物がいなくなっても、誰もそのことに触れない、あの不可解な空気に似ている。
町に現れた黒ずくめの男
法務局で奇妙な質問を繰り返す
翌週、法務局で聞き込みをしていたところ、職員が「最近この土地についてやけに詳しい人が来てた」と言う。防犯カメラには、黒い帽子、黒いコートの男が映っていた。まるで怪盗キッドか、はたまたルパン三世のような出で立ちだった。
サザエさんのノリでごまかされない現実
「たまたまです」と笑う依頼人。だが、そうやって日常に戻ろうとする姿はサザエさんのラストのじゃんけんのように、ご都合主義に見えた。こちらはエンディングテーマでは済まされない現実の世界だ。
土地家屋調査士の証言
間違い電話が導いた現地調査
一本の間違い電話から、土地家屋調査士と連絡がついた。「この土地、以前測量したことがあるんですよ」と彼は言い、記録を持ってきてくれた。そこには、現在の地番とは異なる古い番号が記されていた。
地番と地図のずれに潜む嘘
古地図と現在の登記を重ねると、わずかに地番がずれていた。それにより、本来の持ち主が別にいる可能性が浮上した。つまり、この招待状は、誰かがそれを利用して財産を奪おうとしている証拠だった。
過去の登記申請書の分析
サトウさんが見抜いた偽造印影
登記申請書を調べていたサトウさんが、ふとつぶやいた。「この印鑑、上下逆ですね」。よく見れば、押印の向きが明らかにおかしい。つまり、誰かが別人になりすまして提出していたことになる。
「筆跡鑑定なんて意味ない」と言い張る依頼人
それを突きつけると、依頼人はふてくされたように「筆跡鑑定なんてあてにならない」と吐き捨てた。その口調は、真実よりも自分の都合を守ろうとする人間のものだった。
法務局での意外な展開
登録免許税の納付書が決め手に
結局のところ、決め手となったのはシンプルな納付書だった。登記簿上の記載とは異なる額で納付されていたことがわかり、不正に気づくきっかけとなった。うっかり計算を間違えたのか、それとも…。
あの日の登記官が語る裏話
「あのとき、変だと思ったんです。でも上からの指示で…」そう語る年配の登記官の言葉が、この事件の根深さを物語っていた。行政の中にも見えない力が働いていたのかもしれない。
真犯人の狙いと計画
財産ではなく家そのものが目的だった
判明したのは、相続財産としての価値ではなく、「家屋」そのものに執着があったという事実だった。かつてそこに住んでいた者の過去、ある事件、そして封印された記憶が関係していた。
ある忌まわしい事件とのつながり
20年前、あの家で起きた放火事件。誰もが忘れたその事件の被害者が、実は依頼人の妹だったのだ。彼は復讐のため、家を取り戻し、真相を知る者をあぶり出そうとしていた。
シンドウのうっかり逆転劇
印紙を貼り忘れたことからの気づき
そして僕はといえば、登記書類の控えに印紙を貼り忘れていた。慌てて確認する中で、税額のミスに気づき、そこから全ての糸が繋がった。まさか、自分のうっかりが突破口になるとは。
やれやれ、、、これは偶然じゃないな
「やれやれ、、、」と肩をすくめながら、僕は深くため息をついた。けれど、それは疲労ではなく、奇妙な偶然が導いた真実への敬意だった。偶然じゃない。そう思いたい自分がいた。
事件の決着と残された謎
依頼人が語った涙の動機
依頼人は最後に語った。「妹を奪った家を、他人に売らせるわけにはいかなかったんです」。泣きながら語るその姿に、もはや法的な線引きは無意味に思えた。
司法書士の仕事の限界とその先
事件は終わった。だが、僕の頭にはひとつの問いが残った。司法書士の仕事は「登記」まで。だがその向こうに、人の想いがある限り、どこまで関わるべきなのか。今日もまた、それを考えながら事務所のドアを閉めた。