通夜の呼び出し
あの日の夜、事務所の電話が鳴ったのは午後八時を過ぎていた。もうパソコンも切って、弁当のカラを片付けていた時だった。 「通夜に来てくれませんか」と言われた時は、誰かの冗談かと思ったが、相手の声は本気だった。 葬儀の案内に司法書士が呼ばれるなど聞いたことがない。だが、向こうがどうしてもと食い下がるものだから、結局スーツに袖を通して出かけることになった。
突然の電話と線香の香り
斎場の前で降りた瞬間、線香の香りが風に乗って鼻を突いた。気が重くなる匂いだ。 受付の名簿を見ると、亡くなったのは地元でも有名な地主、阿部久夫という男だった。 「あの人の土地なら、たしか名義変更をした覚えがあるな」とぼんやり思い出しながら、焼香の列に並んだ。
喪服に混じる不自然な視線
祭壇の前で手を合わせていると、どこからかじっとこちらを見ている気配がした。 喪服の中に、一人だけ妙に落ち着きのない若い男がいた。 彼は俺の視線に気づくと、すぐに目を逸らした。まるで何かを隠しているように見えた。
依頼人は亡き当主
通夜が終わったあと、遺族と名乗る女性から別室に通された。 「主人が亡くなる直前に、先生にお願いしたいと……これを」と差し出されたのは、一通の封筒。 中には委任状と、登記識別情報通知、印鑑証明書の写しが入っていた。
封筒に残された最後の意思
「この署名、最近書かれたものですか?」と俺が問うと、女性は頷いた。 だが、筆跡は妙に揺れていて、どうにも既視感があった。 「この字体……どこかで見た気がする」と、脳の片隅を刺激された。
登記に必要なはずの委任状
一見、書類は整っているように見えたが、委任状には微妙な違和感があった。 「これは本当に本人が書いたのか?」とサトウさんに見せると、彼女は一言、「コピーですね」と呟いた。 塩対応とはいえ、そういうところは確かだ。
サトウさんの冷静な一言
葬儀場の片隅で書類を広げていると、サトウさんがすっと近づいてきた。 「お焼香の前に確認したけど、遺影の裏、テープが剥がされてました」 何かを感じたらしい。俺よりずっと早く、事件の匂いを嗅ぎつけていた。
それ本当に本人が署名したんですか
「筆跡が以前の登記と完全に一致してるんです。そこまでは普通かもしれませんが……」 「ただの一致じゃないんですよ。筆の入り方まで、まったく同じ」 「つまり……誰かが、前の書類からトレースしたか、コピーしたかってことです」 そういうサトウさんの目は、完全にスナイパーだった。
火葬前の確認作業
もうすぐ火葬が始まるというその時、俺は喪主に頼み、阿部久夫の手を一目見せてもらった。 爪の間には黒いインクのようなものが残っていた。 「これは……遺体になってから無理やり朱肉を押したんじゃ……」と口をついて出てしまった。
古びた家系図と謎の空欄
その場にいた親族から家系図を見せてもらうと、相続人の一人が消えていた。 名前だけ白く塗られたような不自然な消え方だった。 「ここ、阿部さんの長男……数年前に勘当されたとか言ってませんでした?」と誰かが呟いた。
相続人の一人が消えている
どうやら、今いる親族の誰かが意図的に除いたようだった。 だが、不思議なことに法定相続情報一覧図には、その長男の名前が記載されていた。 つまり、除くにしても除ききれていない証拠が残っていたわけだ。
名寄帳に残る不自然な改ざん跡
市役所で名寄帳を確認すると、奇妙なことに、土地の一部だけ移転登記が進んでいた。 しかも、通夜の翌日付になっている。 「火葬の間に法務局で申請してたってことか……やれやれ、、、まるでコナンの犯人かよ」
通夜の夜に忍び寄る足音
その晩、事務所で調査をしていると、誰かが入り口で物音を立てていた。 「誰だ!」と声を上げると、例の通夜で視線を逸らしていた若い男だった。 彼は泣きながら、「兄が土地を奪おうとしてる」と告げた。
仏間で見つかった不審な書類
翌日、仏間を再び訪れた俺たちは、祭壇の裏に不自然な隙間を見つけた。 中には、白紙の委任状が何枚も、印鑑とともに封筒に入っていた。 「これは……もう事件だな」と、誰かが漏らした。
遺影の裏のメモ
さらに遺影の裏には、小さな付箋が貼られていた。「長男に渡せ」と走り書きされていた。 それが、故人の本当の遺志だった。 にもかかわらず、遺言書もなく、全てが口頭で済まされようとしていたのだ。
過去の登記と一致する署名
事務所に戻り、阿部家の過去の登記簿と照らし合わせてみる。 そこには、まったく同じ筆跡が繰り返し使われていた。 「これ、3年前の委任状とトレースレベルで同じです」とサトウさんが言う。
まるでコピーのような筆跡
「誰かが前の書類をスキャンして、印刷して、それを押印させたんでしょうね」 「さすがに登記官でも気づきますよ」と冷たく言い放つ彼女の横で、俺はうっかりコーヒーをこぼした。 やれやれ、、、野球部時代から変わらないミス癖だ。
シンドウのうっかりと反省
だが、そんな俺でも、今回は一矢報いるチャンスがあった。 火葬前に確認していた朱肉の跡、それを証拠として警察に提出する段取りを整えた。 「たまには役に立つじゃないですか」とサトウさんが笑った……かもしれない。
登記官との深夜のやりとり
夜遅く、登記官に連絡を取ると、例の申請には補正がかかっていた。 「押印が不鮮明で、しかも本人確認情報が古すぎる」とのことだった。 これで、彼らの嘘が崩れることになる。
一通のFAXが真実を裂く
翌朝、登記官から一通のFAXが届いた。そこには、「本人死亡日より後の申請」と明記されていた。 この一文が、すべてを決定づけた。 やっぱり、死人に登記はさせられない。
消された委任の痕跡
結局、喪主の弟がすべてを認めた。 「兄の意志を無視して、土地だけは俺が守るべきだと思ったんです」と。 法を超えた正義は、司法書士として許せなかった。
サトウさんの推理と結論
「結局、すべては最初のメールがきっかけでしたね」 通夜の前夜、サトウさん宛に誤送信された一通の書類。それが、すべての始まりだった。 そこに記載されていた日付と時間が、決定的な証拠となった。
動機は遺産ではなかった
彼らは金が欲しかったわけではない。 ただ、家を出た兄を許せず、跡を継ぐのは自分だと信じ込んでいた。 その歪んだ正義が、家族と登記の境界線を踏み越えさせたのだ。
すべては一通の誤送信から始まった
誤送信されたのは、委任状の原案。 そこには、まだ亡くなっていないことを前提にした言葉が並んでいた。 「死人に口なし」などとよく言うが、今回は死人の手が真実を語った。
シンドウの逆転劇
今回ばかりは、俺の出番もあった。 資料の収集、法務局との調整、そして最後の証言……。 やれやれ、、、たまには司法書士もヒーロー役をもらってもいいだろう。
やれやれここからが本番だ
登記を差し止め、正当な相続人へと手続きが戻った瞬間。 まるでドラマの最終回のように、家族は黙って頭を下げた。 「本番はここからですよ」と、サトウさんは手続きを始めていた。
登記の力で暴かれる偽りの遺志
登記は嘘をつかない。たとえ人がつこうとも、書類が黙って暴いてくれる。 その力に救われた人間がいた。それだけで十分だった。 俺たちはただ、そこに記録を刻むだけだ。
葬列のあとに残ったもの
全てが終わったあと、再びあの線香の香りが漂ってきた。 白い煙が空へと昇り、まるで全てを洗い流してくれるようだった。 俺はサトウさんに言った。「帰る前に、ラーメン食ってこうか」
書類と線香と静かな風
書類はファイルに戻し、机の上には線香の匂いがまだ残っていた。 窓の外には、盆の風。夜空には満月が浮かんでいた。 「こんな夜に事件を持ち込むなっての……やれやれ、、、」
真実を記す登記簿の重み
登記簿とは、ただの紙の羅列ではない。 そこには人の欲と悲しみ、そして真実が詰まっている。 今日もまた、静かにそのページがめくられていくのだ。