供述が語る前日の謎
朝一番の封筒
盆明けの朝、蒸し暑さとともに郵便物の束が机の上に無造作に置かれていた。 その中にひときわ薄く、だが封筒だけはやけに上質なものがあった。 差出人は不明。ただ、私宛で、赤いボールペンで「至急」とだけ書かれていた。
登記より早く届いた紙の正体
開けてみると、中には一枚の供述書。 遺産分割協議についての記録と見られるが、署名と日付が奇妙に新しい。 つまり、登記申請の前日に書かれたことになっているのだが、まだ私はその登記依頼を正式に受けていなかった。
サトウさんの塩対応と微かな違和感
「朝から妙に神妙ですね。どうせ変な書類なんでしょう」 サトウさんが、いつもの調子でコーヒーを机に置きながら吐き捨てる。 私は「変」どころか「不穏」な予感がしていた。司法書士の感、というより元野球部の勘だ。
謄本に記された日付の矛盾
届いた供述書と、後から提出された登記原因証明情報とを見比べて違和感が確信に変わる。 本来、登記申請に添付されるべき謄本の日付よりも、この供述書の日付が前日になっている。 タイムマシンでも持ってるのかと疑いたくなるズレだった。
記憶違いでは済まされない話
登記というのは、事実を基に書類を整える。フィクションではない。 誰かが故意に日付を操作したのだとしたら、それは立派な不正。 記憶違いでは済まされない、制度を揺るがすレベルの矛盾だった。
依頼人の語るもう一つの過去
午後になり、予定より早く登記の依頼人が現れた。 穏やかな口調で「すべてお任せします」と言ったが、その声にはわずかな震えがあった。 「ちなみに昨日、何か書類を私に送られましたか?」と問いかけると、明らかに動揺した。
やれやれ事件はまた書類からか
「やれやれ、、、」 私は机にうず高く積まれたファイルを見ながら、肩を落とした。 なぜこうも、事件というものは紙切れ一枚から始まるのか。まるでサザエさんの次週予告並みに定型だ。
サザエさんのエンディングみたいな訪問者
そのとき、扉が「トン」と小さく叩かれた。 現れたのは中年の女性。依頼人の叔母だという。 「この供述書、私が書きました。だけど提出するなと言ったはずなんです…」
法務局の窓口で見た微笑み
私は事情を確かめるべく法務局へ足を運んだ。 窓口の担当者は、供述書のコピーを見て「ああ、これ、ちょっと変ですよね」と笑った。 それは微笑みというより、「知ってたけど黙ってました」的な探偵漫画に出てくる刑事の顔だった。
ファイルに紛れた本物の証拠
戻ってから、書類の山をもう一度精査すると、供述書の裏に別の文書が貼り付けられていた。 そこには別の日付と、別の署名があった。つまり、誰かが貼り合わせて偽造していたのだ。 見事に貼られたその紙は、まるでルパンが残していったトリックのようだった。
サトウさんが指摘した一行の異変
「この’相続人全員の合意のもと’って文、’全員’が抜けてますよ」 ファイルを覗き込んだサトウさんが、さらっと指摘する。 その瞬間、私は背中に冷たい汗が走った。文面の食い違いが決定的証拠になる。
元野球部のカンは当たらないが
高校時代、バントのサインを見落として三振した私に、読みの鋭さなどない。 けれど、この件に関しては直感が働いたのだ。書類の違和感は確実に人為的だった。 偽造された供述書によって、誰かが不正に登記を済ませようとしていた。
動き出した犯人と偽証の意図
依頼人は、遺産を独占するために叔母の供述を無断で利用し、日付を書き換えて登記に使った。 叔母はそれを知って書類の回収に走ったが、間に合わなかった。 まるで怪盗キッドのような大胆な仕掛けだが、詰めが甘かった。
供述が明かす真実と動機
本来の供述書には、「遺産は兄弟で平等に」と明記されていた。 それを勝手に改変し、「全て弟に相続させる」に差し替えられていたのだ。 登記前に届いた供述書のおかげで、その不正は食い止められた。
登記が完了する頃には真相も
供述の不備と偽造が明るみに出たことで、登記は一時保留となった。 だが、正しい手続きの下で、改めて全員の合意を得て登記は完了した。 その頃には依頼人も観念し、全てを認めていた。
結末の一杯と今日の愚痴
夕方、事務所で缶コーヒーを開けながら私はぼやいた。 「結局、今日も余計な仕事だったな…やれやれ、、、」 サトウさんは鼻で笑いながら、黙って書類を片づけていた。