古びた家屋と一通の封筒
盆地の町に残された昭和風情の家屋。そのポストに差し込まれていた封筒が、すべての始まりだった。差出人は不明、宛名も手書きで乱雑だ。中には一枚の登記簿謄本と、走り書きの「この家は嘘でできている」とのメモ。
その封筒が、依頼人の元に届いたのは偶然ではなかった。
山間の町に届いた不動産調査依頼
僕の事務所にやってきた依頼人は、地元では見かけないスーツ姿の男だった。冷房も効かない待合室で、彼は額に汗をにじませながら言った。「この家の名義、調べていただけますか」
表情に焦りと哀しみが混じっていた。
依頼人が語る奇妙な家系図
彼の家系図には、ある奇妙な空白があった。10年前に失踪した兄。名義はその兄のままだが、住んでいるのは別の家族。しかもその家族構成には、不自然な一致が多すぎた。
それはまるで、サザエさん一家を無理やり別の名前に置き換えたような、ぎこちなさだった。
サトウさんの不機嫌な朝
「また遅刻ですね」無表情にコーヒーを差し出すサトウさん。朝の光が事務所に差し込む中、僕はぎこちなく椅子に座った。心なしか今日のアイスコーヒーは塩辛い。
彼女の鋭い目線は、昨晩の録画ドラマの真相を見抜くかのようだった。
机の上の謄本に潜む違和感
提出された登記簿の写しを、彼女は眉ひとつ動かさず見つめた。「これ、申請されたときの代表者名が違いますね」まるでアニメ探偵のように、彼女は事実を淡々と突きつけてくる。
僕は思わず喉の奥で「やれやれ、、、」と呟いた。
シンドウのコーヒーは今日も薄い
この事務所の朝は、だいたいコーヒーの失敗から始まる。今日は豆を量り間違えた。水が多すぎたのだろう。人生と一緒で、何もかもが薄味だ。
だが、そんな薄さの中に、たまに事件の濃さがやってくる。
家族信託と隠された契約
謄本の情報から、僕らは家族信託の契約書を追いかけることになった。それは地元の信託銀行に保管されていた。内容を確認したサトウさんは、わずかに眉を動かした。
「名義変更の時期と、信託契約が合っていませんね」
登記簿に記された不可解な移転理由
登記簿には「売買」と記されていたが、実際の契約には売買金額の記載がなかった。それは、実質的に無償での名義移転だった。なぜそんなことを?誰が?
契約書は言葉を濁し、意図をぼかしていた。
故人の意志か誰かの偽装か
信託契約の日付は、失踪した兄が生きていた頃のものだった。だが、委任状にはサインと印鑑があった。印影をサトウさんがスキャンして調査すると、それは市販のシャチハタと判明した。
それはつまり、兄の筆跡ではなかった。
不在者財産管理と失踪の真相
兄が失踪扱いになって以降、法的にはその財産は管理人の元に移っていた。だが、登記の流れを遡ると、どうやらその手続きも行われていない。
実際には「失踪した兄」がずっと財産を管理していたことになっていた。
十年前に消えた兄の存在
依頼人は震えながら語った。「兄が失踪したのは、父と揉めた後だったんです。でも、誰も遺体も見ていないし、目撃者もいません」
紙の上でだけ存在を続けた兄。それが嘘の根だった。
形式上の名義人と実際の支配者
実際に家を使っていたのは、父とその後妻だった。彼らが兄の名義を使い続け、契約も書類も都合よく偽装していたことが明らかになっていく。
それは、幽霊のように家を支配する「名義の亡霊」だった。
シンドウのうっかりが導いた突破口
僕は別件の登記簿を取り寄せる際に、誤って「旧登記事項証明書」を請求してしまった。が、それが決定打になった。そこには過去に存在していた「仮登記」の記録が残っていた。
そこに記されていたのは、まったく別人の名前だった。
旧登記事項証明書の意外な記載
「この名義、依頼人の祖父の弟の名前です」サトウさんが古い戸籍を参照しながら言った。「おそらく、戦後の名義がそのまま使われ続けたんでしょうね」
すべては、更新されない登記と、忘れ去られた家族の系譜だった。
やれやれ、、、思い込みってやつは
「結局、兄が戻ってくるのを誰も信じていなかったんですね」僕はため息交じりに言った。「人って、いないことにすれば何でもできるんだ」
やれやれ、、、。紙の上の真実ってやつは、都合が良すぎる。
サトウさんが静かに語った推理
「おそらく、兄は生きていますよ」そう言ったサトウさんの声は静かだった。「この家を守るために、姿を消した。登記を残したまま、全部を背負ったんでしょうね」
彼女はまるで、もうすべて知っていたかのようだった。
真犯人は家族の中にいた
犯人という言葉がふさわしいかは分からないが、嘘を積み上げたのは父だった。登記簿も契約書も、すべては家族という密室の中で作られたフィクション。
真実は、サザエさんのように笑って許されるものではなかった。
登記変更の裏にあった意図
財産を守る。家を守る。家族を守る。そのために兄は、自分の存在を紙の上だけに残した。その選択が、結局家族を苦しめることになった。
誰も悪くない。でも、誰も正しくなかった。
司法書士が動いた一手
僕は提案した。「不在者財産管理の申立てを、正式に出しましょう。今からでも遅くない」依頼人は頷いた。家を継ぐ覚悟ができたのだろう。
それは、紙の中の家族から、現実の家族に戻る第一歩だった。
管轄法務局とのやり取り
手続きは煩雑だった。登記官とのやりとり、証明資料の準備、戸籍の照会。だが、そういう面倒なことこそ、司法書士の仕事だ。
うっかり者でも、最後には役に立たないと意味がない。
仮登記と差押えのタイミング
あの旧登記簿がなければ、仮登記の存在には気づけなかった。それがあったから、差押え手続きの優先順位を整理できた。
登記は過去と未来をつなぐ鍵になる。それが司法書士の現場だ。
崩れた嘘と残された真実
父は亡くなり、後妻は遠くの親族に引き取られた。兄は未だ見つかっていない。それでも、登記だけは整理され、家は正式に依頼人のものになった。
紙の上の嘘が剥がれ、そこに人間の物語だけが残った。
兄の失踪は演出だったのか
演出だったのか、逃避だったのか、それはもう分からない。だが、確かに兄は、誰かを守るために姿を消した。
彼の意志は、登記簿の中にこそ刻まれていた。
依頼人の涙と新たな始まり
「これから、自分でちゃんと生きていきます」依頼人はそう言って、父の古い位牌をそっと持ち帰った。彼の目には、涙と共に、何かが宿っていた。
その表情は、過去と和解した人間のそれだった。
事件は終わったのか
静かな午後、僕は残った書類を片付けながらコーヒーを淹れた。今日の味は、少しだけ濃かった気がする。気のせいかもしれない。
そして、僕はふと呟く。「やれやれ、、、また一件落着、か」
サトウさんの微妙な笑み
「ようやく終わりましたね」そう言って、サトウさんがほんの少しだけ微笑んだ気がした。それは気のせいかもしれない。でも、まあいい。
彼女の笑みは、今日も事件の終わりを告げていた。
シンドウ、今日も残業確定
時計を見れば、もう19時を回っていた。依頼書のファイルはまだ未処理が3件。電話は鳴り続け、FAXが紙を吐き出す音が響く。
やれやれ、、、今夜も終電コースだ。