そういうものだと呟いた夜

そういうものだと呟いた夜

そういうものだと呟いた夜

司法書士として地方で事務所を構えてもう十数年。いくつもの案件をこなし、いろんな人の話を聞いてきたけれど、「それはちょっと…」と心の中で思いながらも、何も言えずに頷くしかない場面がある。むしろ、そんな場面ばかりだと言ってもいいかもしれない。そういうとき、自分の感情を押し殺して、ただ静かに受け止めることしかできない。夜、事務所を閉めたあとにため息まじりにひとこと、「まあ、そういうものだ」と呟く自分がいた。

思わず黙って電話を切った午後

午後3時過ぎ、登記手続きについての電話。相手はかなり怒っていた。こちらとしては丁寧に説明していたつもりだったが、「あなたのせいで遅れた」と決めつけられ、最終的には「信用できない」と言われてしまった。もちろん書面も記録も残してあるし、ミスではない。それでも、何を言っても通じない空気があって、最後には「」とだけ伝え、電話を切った。心臓がドクドクしていた。理屈ではなく、怒りや不安を受け止める「壁」になることが、この仕事には時に求められる。

理不尽なクレームと分かっていても

相手が感情的になっているとき、理屈は意味をなさない。「それは違いますよ」と冷静に返したところで、火に油を注ぐだけになることも多い。わかっていても、やはり腹は立つ。理不尽なことを理不尽だと言えない立場にあるというのは、なかなかのストレスだ。自分の正しさを主張したい気持ちと、関係を壊したくない思いの間で揺れるたびに、「仕事だから仕方ない」と飲み込んでいく。飲み込みすぎて胃が痛くなる日もある。

感情を出した瞬間に崩れる関係

少しでも苛立ちを見せてしまえば、「あの司法書士は態度が悪い」と言われるのがオチだ。だからいつも、柔らかい声で、冷静な態度で、どんな内容であっても感情は見せないようにしている。だけど、たまにこぼれそうになる。そんなとき、ふと昔の野球部時代を思い出す。どれだけ不条理な指導でも、黙って耐えるのが美徳とされていた。今の自分も、あの頃と変わらないのかもしれない。怒鳴られ、罵られても、笑顔で受け流す。それが「関係」を守る手段なのだ。

「聞き役」に徹することが最善だったりする

この仕事に就いてから、「相手の話をただ黙って聞く」という技術の大切さを痛感するようになった。話している相手は、こちらに解決を求めているというよりも、ただ感情を吐き出したいだけということもある。こちらが余計なことを言うと、それが火種になる。だから、「そうなんですね」「大変でしたね」とだけ返す。そして心の中で「これは理不尽だ」と呟く。でも、それを声に出さないことで守れるものがあると信じている。

意見を飲み込む苦しさ

正直、反論したくなることもある。「それはこちらの責任ではありません」とハッキリ言いたくなることも。でも、その言葉を口にすることで得られるものは少ない。むしろ、関係が壊れたり、あとあと面倒なことになる可能性のほうが高い。だから結局、口をつぐんでしまう。納得できないまま会話を終えたあと、自分の中にモヤモヤが残る。それでも、「あの人の怒りを和らげられた」と思えるとき、少しだけ報われた気がする。

本音を出すことで失う信頼もある

時に、正直すぎる発言は致命傷になる。だからこそ、この仕事では「本音を隠す力」が必要になる。信頼とは、誠実さの結果ではなく、「安心感」の積み重ねだと思っている。たとえそれが少しの嘘や演技を含んでいたとしても、相手が安心できる空気を作れれば、それは意味のある仕事だ。自分が本音を出して関係がこじれた経験が何度もあるからこそ、今ではそれをぐっと堪える。信頼は、理屈より空気感で決まるという現実が、ここにはある。

自分の中で納得をつける技術

納得できないことでも、自分の中で消化していかないと、この仕事は続かない。感情を表に出せない以上、内面でうまく処理するしかない。最初の頃は、誰かに愚痴を言ったり、ノートに書き殴ったりしていたが、今では静かにコーヒーを飲むことで気持ちを落ち着けるようになった。方法は人それぞれだが、「気持ちの落とし所」を見つけることが、自分を壊さずに続けるコツなのだろうと思っている。

肩を落としながら机に向かう時間

電話や打ち合わせで精神的に疲れ果てたあと、無言で書類作成に戻るあの時間が、妙に切ない。自分だけが悪者にされたような気がして、背中が重たくなる。それでも、机の上には山積みの書類。やらなければいけないことは待ってくれない。肩を落としながらも手を動かし続けるあの時間に、「何も言わずに受け入れる」ことの現実味を痛感する。そんな自分に「偉いな」と思える日は、正直少ない。

「まあ仕方ないか」と思えるまでのプロセス

気持ちを整理して「まあ、仕方ないか」と思えるまでには、時間がかかる。すぐには無理だ。寝ても覚めても引きずることもある。でも、どこかでふと力が抜ける瞬間が来る。「あれだけ怒ってたけど、今ごろ忘れてるかもな」なんて考えたとき、心が少し軽くなる。そして次の案件へと気持ちを切り替えていく。この繰り返しの中で、自分なりのやり方を身につけてきた。それが、司法書士として続けていくための小さな術なのかもしれない。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓