登記簿と結婚生活どちらが本命かと聞かれたら
地方で司法書士をしていると、「結婚はまだ?」と聞かれることが珍しくない。でもそのたびに、答えに詰まってしまう。別に結婚を否定しているわけじゃない。むしろ、家庭を持って、誰かと一緒に人生を歩むことへの憧れはずっとある。ただ、気づけば日々の業務に追われ、登記簿とにらめっこしている時間のほうが圧倒的に長い。恋愛に割くエネルギーも、相手に気を配る余裕も、気づけば書類の山の下に埋もれてしまっていた。
気がつけば休日は法務局の受付印の夢ばかり
夢の中にまで出てくるのが人じゃなくて法務局の受付印って、ちょっとどうかしてると思う。先日なんて、夢の中で婚姻届を出しているつもりが、目が覚めたら不動産の所有権移転登記申請書だった。もう笑うしかない。野球部時代は、もっと情熱的に恋をしていた気がするのに。今ではその情熱はすべて、登記ミスを防ぐための神経に変わってしまった。
月曜朝イチの登記と金曜夜の孤独の比較
月曜の朝一番、法務局に提出する登記書類を握りしめて出発するあの緊張感。手続きがうまく通るかどうか、事務員さんと何度もチェックしてから提出する。それに比べて金曜の夜、誰とも会話せず、コンビニ弁当と一緒にひとりの食卓に向かう孤独感。どちらも慣れてしまったけれど、本当にこれでいいのかとふと立ち止まりたくなる瞬間がある。
独身というよりも「余白がない」だけかもしれない
婚活をしていないわけじゃない。でも結局、「この日に会いましょう」と言われた日が、ちょうど決済と重なっていたりする。じゃあ別の日に、と思っても、そこもまた誰かの相談予約で埋まっていたりして。誰かを大切にするための余白が、僕の生活にはあまりに少ない。それが結果として独身という形に現れているのだと思う。
なぜか恋愛より先に処理するのは登記完了通知
誰かといい感じになりそうなタイミングでも、頭の中に浮かぶのは「あの登記は完了したか」「管轄は間違ってなかったか」といった業務のこと。LINEの返信を後回しにして、登記情報提供サービスを先に確認してしまう。そんな自分を「仕事熱心」と言ってくれる人もいるけれど、恋愛においては致命的かもしれない。
電話より先に通知書の封を開けてしまう
ポストに何通かの封筒が届いていても、まず最初に手が伸びるのは法務局からの通知書。婚活パーティーの案内状とか、友人からの手紙なんて後回しだ。気になる女性からのメッセージよりも、完了通知書を優先してしまうのは、もう職業病というしかない。
愛より優先される職務上請求書の現実
職務上請求書の在庫が減ってくると、ちょっと焦る。今や恋愛よりも、その補充の方が優先順位が高いという現実。気になる人とランチに行く予定をキャンセルして、職務上請求書を仕入れに行ったこともある。誰にも責められないけど、自分でちょっと引いた。
積まれる恋心よりも分厚いファイルの山
どれだけ「恋がしたい」と思っても、気づけば机の上には分厚い登記ファイルが山積み。ラブレターを書いたのは何年前だったか。それよりも、送付書付きの登記申請書を毎週書いている今の方が筆まめになってしまった。愛よりも先に、登記の整理が待っている。
結婚相談所より法務局の職員さんと会う時間が長い
真剣に結婚を考えていた時期もあった。結婚相談所に登録したこともある。でも、毎週顔を合わせる法務局の職員さんとの方が、会話の頻度も多く、変な信頼関係ができてしまっている。登記内容の確認で何度もやり取りするうちに、親しみのようなものが芽生えるのだから不思議だ。
気遣い上手な事務員さんにも気を遣わせる日常
うちの事務員さんは、気遣い上手で優しい人だ。だからこそ、僕の独身生活を心配して、時々さりげなく婚活の話を振ってくる。でも僕はそのたびに話をそらしてしまう。申し訳ない気持ちもあるけれど、気づけば「今日の申請件数」を数えてしまっている。
やさしさの行き先がわからなくなる瞬間
仕事の中で培ったやさしさや気遣いが、どこにも向けられずに蓄積していく。困っている依頼者のために全力を尽くすことはできても、自分の人生のために動くことには鈍感になってしまった。それが、ちょっとだけ寂しい。
そもそも恋愛モードに入る体力が残っていない
長時間の業務、立て込んだ相談対応、急な登記の依頼。そんな毎日を過ごしていると、帰宅後にはただ椅子に沈み込むだけで精一杯。恋愛しようという気持ちすら湧いてこないのは、もはや心の余裕というより、体力的な問題かもしれない。
登記簿と向き合うこの人生も悪くないと思いたい
ここまで書いておいてなんだけど、登記簿と向き合って生きてきたこの人生も、決して悪いものじゃないと思っている。多くの人の人生の節目に関わる仕事だし、感謝されることもある。誰かの未来を支える役割に、誇りもある。ただ、もう少し、誰かと笑い合える時間があればいいなとも思っている。
仕事に誇りはあるけれども時々ため息が漏れる
登記が無事完了した瞬間の達成感、依頼者の安心した顔。そういう瞬間があるから続けられる。でもその反面、ふとした瞬間に、「このままでいいのかな」とため息をつく夜もある。誰かに甘えたいという気持ちは、年齢を重ねてもなくならないらしい。
それでも支えてくれる人たちに感謝している
事務員さん、仲のいい法務局の担当者、たまに愚痴を聞いてくれる先輩司法書士。周りに支えられている実感があるから、今の自分がある。結婚はしていないけれど、ひとりで生きているわけじゃない。そんな気持ちを、ふと忘れそうになることもあるけれど。
そして今日も静かに登記簿と向き合う夜が更ける
静まり返った事務所に、書類のめくれる音だけが響く。今日も一日が終わる。愛も恋もない日だったけど、誰かの権利を守れたという確かな実感がある。そんなふうにして、また明日も登記簿とともに、淡々と時間が流れていくのだ。