申請は積み上がるのに恋は始まらない

申請は積み上がるのに恋は始まらない

朝イチで届く申請依頼とため息

朝一番のメールチェック。開けば、例のごとく申請依頼が並んでいる。登記、相続、会社設立——まるで「俺に恋なんてしてる暇ないでしょ」と言われているようだ。件名を眺めているだけで、胃のあたりが重たくなる。中身はまだ開いてないのに、すでに頭の中では手順をシミュレーションしていて、自分が書類の一部みたいな感覚になる。申請書の山を前に、恋愛なんてドラマの中だけの出来事のように思えてくる。

スマホの通知は仕事ばかり

LINEが鳴ったとき、一瞬だけ心が浮いた。でも、開けてみれば市役所の担当者から。「こちらの書類、印鑑漏れがありました」だって。まあ、そんなもんだ。恋人からのメッセージなんて届くはずもない。通知音=業務連絡、これは司法書士あるあるかもしれない。結局、プライベートなやりとりなんてここ数ヶ月してない。スマホがただの業務ツールになっているのに気づいたとき、自分の生活に彩りがないことを改めて実感した。

恋のチャンスは通知されない

恋の始まりって通知で教えてくれるものじゃない。偶然とか、ふとした会話から始まるんだろう。でもその“偶然”が、事務所にこもりっぱなしの生活ではまず起きない。スーパーに行くのも事務員任せ、外出といえば法務局と郵便局だけ。毎日同じ人にしか会わないし、恋の神様も「もういいや」と思ってるのかもしれない。出会いって、場所と時間が合致してこそ起きるもので、そのどちらも欠けた僕には、通知なんか来るわけがない。

事務所にこもる日々の孤独感

この事務所で働いて何年になるだろうか。独立した頃は、「自由に働けていいな」と思っていた。でも今は、自由というより“放置された島”にいるような孤独感が強い。書類の中に囲まれて、机に座りっぱなし。時計の音だけがやたら耳に入る。事務員が帰ったあとの静けさは、余計に堪える。誰かに声をかけたくても、かける相手がいない。自営業ってこんなに“声のない世界”になるのかと、実感する日々だ。

誰かと話すのはコンビニの店員だけ

昼に行くコンビニで、「袋おつけしますか?」と聞かれる。それに「いえ、大丈夫です」と答える——それがその日最初で最後の会話という日もある。これが独身司法書士のリアル。友達とも疎遠になった。みんな結婚して家庭があるから、誘うのも気が引ける。仕事関係の人と話していても、話題は法改正か不動産のことばかり。たまには誰かとくだらない話がしたい。笑い合うだけでも、心はちょっと軽くなるはずなのに。

会話はあるのに心の交流はゼロ

「先生、これハンコお願いします」「この件、急ぎです」——そんなやりとりは日常的にある。でもそれは“業務連絡”であって、心の交流とは言い難い。効率よく進めることが大前提だから、雑談なんて挟む余地がない。それでも昔はもう少し、事務員と世間話くらいしてた気がする。でも今は、相手にも気を遣わせてしまうのか、必要最低限だけになっている。言葉のやりとりがあるのに、なぜか寂しい。それが一番つらい。

書類には期限があるのに恋にはない

登記申請には提出期限がある。法定相続情報も、決められた期間内に動かないといけない。なのに恋には期限がない。逆にいえば、いくらでも先延ばしできる。だから、つい後回しにしてしまう。「忙しいから」「今はタイミングじゃないから」と言い訳してるうちに、時間だけが過ぎていく。でも、ふとした瞬間に「もう間に合わないんじゃないか」と思うようになった。申請書みたいに“提出すべきタイミング”が恋にもあったらいいのに。

提出期限に追われながら過ぎていく時間

仕事では「いつまでに出してください」「至急です」と、期限に追われている。でも不思議なもので、忙しくしていると時間の感覚が麻痺する。気がつけばもう1年が終わっていた、なんてこともある。昔の同級生が「娘が成人してさ」と言っているのを聞いて、「俺はこの1年で何を成し遂げただろう」と一瞬フリーズした。仕事は片付けても、人生の“提出物”は何も出せていない。そんな焦りがじわじわと胸に染みてくる。

年齢だけがカウントアップしていく

誕生日にケーキなんて買わないし、誰かに祝われることもない。でも年齢はちゃんとカウントされていく。45歳。若くはないけど、もう老けてもいない。でも“恋”となると、急に歳を感じるようになった。20代の頃のように自然に笑って、相手を誘うなんてできない。言葉の選び方ひとつにも慎重になる。そんな自分を見て、恋なんてもう必要ないんじゃないかとさえ思ってしまう。でも内心は、まだ誰かと手をつなぎたいと思っている。

元野球部のくせに打席にも立てない

高校時代はバリバリの野球部。3番サードでクリーンナップを任されていた。チャンスに強いタイプだと自分では思っていた。でも今は、打席に立つ勇気すらない。誰かを誘うなんて、自信がない。断られるのが怖い。書類のミスは訂正できるけど、恋の失敗は引きずる。そう思うと、何もしないまま終わっていく。そして、「また今日も何もなかった」と反省だけが増えていく。ホームランはおろか、バントすら試みていない。

声をかける勇気が一番の難関

事務所に来る宅配の女性スタッフ、銀行窓口の担当者。ちょっと素敵だなと思う人はたまにいる。でも声をかけるなんてできない。「変に思われたらどうしよう」「仕事関係に響いたらどうしよう」そんなブレーキばかりが働いてしまう。恋は勢い、と昔は思っていたけれど、今は“リスク”ばかりが頭をよぎる。司法書士としての立場を崩したくないというプライドも邪魔しているのかもしれない。結局、恋はいつも静かに通り過ぎていく。

守備ばかりで攻められない自分

守るのは得意なんだ。トラブルを未然に防ぎ、顧客のリスクを最小限にする。それが仕事だ。でも、その癖が私生活にも出ている気がする。恋でも守ってばかり。気持ちを見せず、距離を保ち、安全圏にいる。それが結局、誰の心にも届かないという結果になっていると分かっている。でも、それでもなお攻められない自分がいる。まるで、いつか誰かが攻めてきてくれるのを待っているかのように。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓