シュミハナンデスカシゴトデス
趣味は何ですかと聞かれて言葉に詰まった日
「趣味は何ですか?」
昼休み、相続相談に来た若い依頼人が何気なく発した言葉に、僕は書類をめくる手を止めた。いや、その手は自然と止まっていたのかもしれない。
なんて答えればいい? 読書も最近は六法全書の索引ばかり、スポーツ観戦は法務局の混雑状況チェック、カフェ巡りはもっぱら登記相談の外回り…。
「……仕事です」
そう答えると、依頼人は「えっ?」と目を丸くして笑った。
やれやれ、、、この感じ、まるで磯野家の食卓に一人で乗り込んだ気分だ。
依頼人からの奇妙な相談が始まりだった
相談内容は遺言書の検認だった。だが、それは少し奇妙だった。遺言は自筆、封筒も形式も問題ない。ただ、その文面が——妙に遊び心に富んでいた。
「この遺産を受け取る者よ、私の趣味を見つけ出せ」
司法書士にそんな推理ゲームを持ち込まれても困る。だが、依頼人曰く「祖父は最後まで遊び心を大事にしていた」らしい。
なるほど、とは思うが、、、本職を探偵と勘違いされるのは困る。シャーロックホームズに憧れて司法書士になったわけじゃない。
サトウさんの「おかしいですね」から始まる考察
「先生、これ、筆跡が微妙に違います」
事務員のサトウさんは今日も鋭い。書類をコピーしながら何気なく見比べていたらしい。
「遊び心っていうより、これ偽造じゃないですか?」
まさか、と思ったが拡大コピーで比べると“私”の一字が不自然に揺れている。まるで誰かが筆跡を真似たように。
野球部の記憶と現在地
昔は野球ばかりしていた。毎日、汗まみれになってボールを追いかけ、打席では緊張で手が震えていた。でも今、震えているのは書類に押すハンコの瞬間だけ。
「今の趣味は?」と聞かれれば、…野球観戦です、とでも言えばよかったのか。でもそれすら、最後に球場に行ったのは10年前だった。
趣味とは、楽しみではなく逃避かもしれない。そう思うようになった。
サトウさんの鋭すぎる一言
「先生、それ、趣味じゃなくて習慣ですよ」
午前の来客が帰ったあと、僕が「この仕事が趣味みたいなもんだな」と呟くと、サトウさんが吐き捨てるように言った。
「……うん。だろうな」
やれやれ、、、職場で正論を吐かれると、逃げ道がない。
事件の真相と向き合うとき
故人の孫と名乗る依頼人の話を深掘りしていくと、祖父にはもう一人別の孫がいたことが判明。そちらの存在を遺言から消すため、文書を“楽しく”偽造したのだ。
封筒の内側には、消し忘れた元の遺言の一部が透けていた。サトウさんの推理は正しかった。
やれやれ、、、趣味が仕事だなんて言ってる間に、仕事が探偵みたいになってきた。
被害者が遺した最後の「遊び心」
本物の遺言には、こう書かれていた。
「人生で一番面白かったのは、誰かの嘘を見抜いたときだった」
故人の趣味は「人間観察」だったらしい。最後にひとつ、孫を試したのだろう。
その趣味、なかなか奥が深い。僕の趣味の“仕事”より、ずっと。
そしてまた、聞かれる日がくる
別の日、今度は別の依頼人に聞かれた。
「趣味はなんですか?」
僕は一瞬、答えを迷った。けれどそのとき、不意に口から出た言葉はこうだった。
「……サトウさんの推理を聞くこと、ですかね」
サトウさんは「それ趣味って言うより依存ですね」と言って笑った。
やれやれ、、、僕の趣味は、どうやら変わってきているらしい。