誰にも気づかれない努力が報われる瞬間を
冬の朝、霜でパリパリに凍った車のフロントガラスを見て、僕は思わず深いため息をついた。司法書士なんて職業は、誰かの人生の背景にいることが多い。登場人物にはなれない。けれど、事件というのは、時にスポットライトの当たらない場所で始まる。まさに今回の依頼もそんな類だった。
司法書士という名の縁の下の力持ち
「先生、また登記簿が湿気でクシャってますよ」
朝からサトウさんの鋭い一言が飛ぶ。まるで『名探偵サザエ』。いや違うな、あれは家族ものか。とにかく、この事務所は華やかさとは無縁。だが、黙っていては見落とされるような“綻び”に目を光らせるのが僕たちの役目だ。
書類の山が語る事件の断片
その日の相談者は、相続登記に訪れた地元の電器屋の若旦那。亡くなった祖母名義の土地があるらしいが、妙に書類が少ない。「何か隠してるんじゃないですかね」とサトウさんがぽつりと呟く。その瞬間、僕の中の“探偵魂”が目覚めた。
誰かの秘密は、誰かの努力が見つける
登記簿、固定資産税の納付書、過去の謄本。ありとあらゆる紙の山をめくりながら、僕は気づいた。“一度だけ別の地番で所有権移転があった”という記録。場所は同じ、でも名義が違う。これは、何かある。
サトウさんは見ている
「先生、あの人、帰る時に受付横の名簿をチラッと見てたんですよ」
なんという観察力。さながら『キャッツアイ』の泪姉さんか。地味だけど確実に真実に迫る彼女の視線に、僕は全幅の信頼を寄せている。
地味に見えて、実はすごい観察眼
事務所の応接に戻り、サトウさんが控えめに出したメモに目を通す。そこには、電器屋の名前の隣にうっすら書かれていた別姓の女性の名前が記されていた。「これ、たぶん、、、祖母じゃないですね」と彼女は静かに言った。
お茶を出しながら真実にたどりつく
お茶を出しているふりをして、彼女は依頼人の手元を見ていたらしい。指輪の跡、時計のずれ、書類の出し方。全てが、彼の話す相続人の構成と矛盾していた。努力は、誰にも見られない場所で静かに芽を出していたのだ。
依頼人の一言が事件の扉を開く
「本当に、もう祖母の代の話なんで。どうでもいいんですけどね」
その言葉が決定打だった。相続人を偽れば、当然ながら無効になる登記。僕たちは法の番人として、これを見逃すわけにはいかない。
午前11時、ボールペン一本から始まった謎
彼が使っていたボールペン。法人名が入っていた。そこに書かれていたのは、相続対象とは関係のない会社名。土地は、祖母の名義になってはいるが、実際はこの会社が介在していた。
証言の行間に潜む真実
「僕が書類を処分しようとしたとき、サトウさんが“ちょっと貸して”って言ったんです。よく見ると、書き換えられた形跡がありました。修正テープの下から浮かび上がったのは、別の名義。」
努力はデータベースの奥で眠っていた
過去の登記情報。古い紙のデータをスキャンしてOCRで検索。何時間もかけて調べ、ようやくヒットした“隠されたもう一つの地番”。僕の努力は、きっと誰も知らない。でも、ようやく繋がった。やれやれ、、、無駄じゃなかった。
報われる努力と報われない結末
事件は未遂に終わった。名義の書き換えは未遂であり、虚偽申請を阻止しただけ。逮捕劇もなければ、ニュースにもならない。ただ、誰にも知られず、地味な正義が一つだけ守られた。
サザエさんの裏で起きた犯罪
ちょうどその時間、テレビではサザエさんの再放送が流れていた。「波平がまたカツオに怒鳴ってる」なんてサトウさんがぼやきながら、地味な正義がひとつ、何も起こらなかったように通り過ぎていった。
土曜の夕方に動いたタイムライン
司法書士は、基本的に土曜は休み。でも、緊急対応はある。電話一本で、急きょ登記抹消の相談が入るなんてザラだ。その日の土曜も、サトウさんと二人、事務所で黙々と作業していた。
やれやれ、、、それでもやるしかない
「先生、それ何杯目の缶コーヒーですか」
「もう数えてないよ」
努力は見られなくてもいい。ただ、それが誰かの安心につながっていれば、それでいい。やれやれ、、、本当に、地味な仕事だ。
エピローグ
外はすっかり夜になっていた。窓ガラスに映る自分の顔は、どこか疲れていた。でも、そこに少しだけ“満足”が滲んでいたようにも見えた。
拍手のない終幕
誰も褒めてくれないし、表彰もない。でも、僕たちは今日も何かを守った。きっと誰も気づかないまま。それでもいいと思えるようになったのは、サトウさんのおかげかもしれない。
今日もまた、誰にも見られずに
努力は、誰かに見られるためにするものじゃない。けれど、誰かの役に立てるなら、それで十分。その日も、サトウさんは最後まで静かに片付けをしていた。きっと彼女の努力も、誰にも見られないままだ。
それでも明日も変わらず仕事は続く
カレンダーをめくると、月曜の予定がびっしりと詰まっていた。やれやれ、、、そう思いながら、また一日が終わっていく。派手な事件はない。でも、見えない努力が、この町のどこかで小さな秩序を守っているのだ。