気づいたら優しさを遠ざけていた

気づいたら優しさを遠ざけていた

気づいたら優しさを遠ざけていた

  1. 静かな雨と静かな依頼
    1. 名乗らない依頼人
      1. 置かれたままの和菓子と手帳
  2. 依頼内容は優しさの行方
    1. 登記簿よりも先に読むべきもの
      1. 手紙に隠された違和感
        1. やれやれ、、、こっちは探偵じゃないんだが
  3. サトウさんはすでに気づいていた
    1. 彼女の観察力は時に容赦がない
      1. 湯呑の置き方が語るもの
        1. 「あなた最近トゲトゲしてますよ」
  4. 被後見人の記録に残らない記憶
    1. 温かかった声と冷たくなった態度
      1. 一枚の付箋から辿る記憶
        1. 「ありがとう」の言葉が消えた日
  5. 優しさを与える側だったはずなのに
    1. 役所の窓口で見たひとつの風景
      1. 見過ごしていた小さな「思いやり」
        1. 昔の自分はもっと不器用だった
  6. サザエさんの波平も言わなかった
    1. 「優しさが重いって思ったことないですか?」
      1. 背中を丸めた依頼人が残した言葉
        1. 「また来ます」と言わなかった理由
  7. サトウさんの夕飯は冷やし中華だった
    1. いつものやりとりに潜む違和感
      1. 「独りってラクそうで孤独なんですよ」
        1. やれやれまた心に風が吹く
  8. 結末は事件より静かに
    1. 遺言に書かれなかった本音
      1. 家族ではない誰かの存在
        1. 「優しさは見返りがないと成立しない?」
  9. 本当に遠ざけていたのは
    1. 優しさを受け取る準備のなさ
      1. サトウさんのひとことが効いた夜
        1. 「いつでも聞きますよ 無料で」
  10. 翌朝また静かな雨
    1. 珈琲の湯気とちょっとしたため息
      1. 「今日は少し優しくなれますかね」

静かな雨と静かな依頼

朝からしとしとと降る雨が、うちの古びた事務所のトタン屋根を控えめに叩いていた。湿気で若干うねった書類を前に、俺はいつものように登記申請書の細かい文字をにらんでいた。

そんな午前九時、ドアの前に静かに立っていた女性がいた。傘の水滴も払わず、ただ静かに、「司法書士の方ですか」とだけ口にした。

名乗らない依頼人

名を名乗らず、手帳と和菓子の包みだけを残して帰っていった。あまりにも不思議なやり取りだったが、サトウさんは冷静に言った。「これは…たぶん“誰かの優しさ”を残した人ですね」

置かれたままの和菓子と手帳

その手帳の中には、過去の記録ではなく、未来に向けた「誰かへのお願い」が綴られていた。法的に整理されていない言葉が、なんとも人間くさくて、心をざわつかせた。

依頼内容は優しさの行方

中を読み進めると、形式的な相続や遺言の話ではなかった。「最後に渡し損ねた言葉があります」——手帳にはそう書かれていた。

登記簿よりも先に読むべきもの

こんな依頼は、登記でも遺言でもない。まるで、名探偵コナンのように、謎の一言をめぐる人間模様の解明だ。

手紙に隠された違和感

手紙には、贈与のことではなく「あなたに優しくなれなかったことを悔やんでいます」とあった。その一文が妙に胸に刺さった。

やれやれ、、、こっちは探偵じゃないんだが

だがそのときはまだ、これが自分自身の心に向けられた言葉になるとは思ってもいなかった。

サトウさんはすでに気づいていた

サトウさんは、いつものようにパソコンをカタカタ打ちながら言った。「その人、自分が誰かに優しくできなかったことより、優しくされなかったことの方が辛かったんじゃないですか?」

彼女の観察力は時に容赦がない

「シンドウ先生も似てますよ。最近ちょっと冷たいですし」

湯呑の置き方が語るもの

確かに俺は最近、誰かの気遣いに気づく余裕もなかった。机に置かれた湯呑の位置さえ、無意識に遠ざけていた。

「あなた最近トゲトゲしてますよ」

言われたときはカチンと来たが、帰り道にふと、昔の自分を思い出した。

被後見人の記録に残らない記憶

過去に関わった後見人のひとりが、最後に残した言葉を思い出す。「ありがとうって言いたかったんだ」

温かかった声と冷たくなった態度

いつからだろう。優しい言葉を「甘え」だと片付けるようになったのは。

一枚の付箋から辿る記憶

「ご無理なさらずに」——依頼人の手帳に貼られていた一枚の付箋。その言葉に、涙が出そうになった。

「ありがとう」の言葉が消えた日

あの日、あの人の「ありがとう」を軽く受け流した自分。あれから、何かが欠けていた。

優しさを与える側だったはずなのに

気づけば、優しさを“与えること”ばかりに必死で、自分が“受け取る”ことを忘れていた。

役所の窓口で見たひとつの風景

親切に手続きを説明する職員の女性。その穏やかな声に、何か懐かしいものを感じた。

見過ごしていた小さな「思いやり」

それは義務ではなく、習慣ではなく、心から出た優しさだった。

昔の自分はもっと不器用だった

でも、その不器用さの中にこそ、本当の優しさがあった気がする。

サザエさんの波平も言わなかった

「大事なのは怒鳴ることじゃない。黙って気にしてやることなんだ」なんてセリフ、波平は言わなかったが、そんな気がしてならない。

「優しさが重いって思ったことないですか?」

重いのは、きっと“期待”が乗っているときだけなんだろう。

背中を丸めた依頼人が残した言葉

「優しさって、もらえなかったことより、気づけなかった自分がつらいんですよ」

「また来ます」と言わなかった理由

その一言がなかったことが、何よりも胸に残っている。

サトウさんの夕飯は冷やし中華だった

「先生、今日も冷やし中華でいいですか? いつも通りで」

いつものやりとりに潜む違和感

「いつも通り」が、こんなにありがたいと思える日は珍しい。

「独りってラクそうで孤独なんですよ」

サトウさんは呟いた。俺はその言葉に、答えられなかった。

やれやれまた心に風が吹く

冷やし中華の冷たさが、妙に沁みた。

結末は事件より静かに

書類にハンコを押す手が、一瞬だけ止まった。

遺言に書かれなかった本音

きっと、そこに書かれていなかった“気持ち”の方が大事だったのだ。

家族ではない誰かの存在

法律では線引きされる“家族”じゃなく、心に残る“誰か”を遺す人もいる。

「優しさは見返りがないと成立しない?」

その問いに、答えられる日は、もう少し先かもしれない。

本当に遠ざけていたのは

人からの優しさではなく、自分の弱さだった。

優しさを受け取る準備のなさ

「もらう」ことは、「認める」ことだ。弱さも、寂しさも。

サトウさんのひとことが効いた夜

「先生は優しい人ですよ。でも自分にも優しくした方がいいです」

「いつでも聞きますよ 無料で」

あれほど冷静な彼女の一言に、何度救われたことか。

翌朝また静かな雨

昨日と同じようで、少し違う朝。

珈琲の湯気とちょっとしたため息

その温かさが、今日の仕事の始まりを告げてくれる。

「今日は少し優しくなれますかね」

やれやれ、、、まずは自分にから始めようか。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓