書類は片付いたけれど心は今日も散らかったまま
朝のデスクは整っていた
朝8時、事務所の引き戸を開けると、冷んやりした空気と、静かすぎる空間が出迎えた。
昨日の夜、残業の末に片付けきった書類棚。登記簿、印鑑証明、委任状、それぞれにラベルをつけて整列させたファイルたちは、まるで甲子園常連校のユニフォームのように凛としていた。
「シンドウさん、ついに書類棚、攻略ですね」
サトウさんが笑いながら言った。
まるで探偵アニメで言えば、謎の組織の一味をひとり追い詰めたかのような達成感だった。
だが——なぜか、心は晴れなかった。
片付けと心の整理は別物だった
整った棚を見ながら、俺は思っていた。
なぜ、これだけ片付いたのに、気分が重いのか。
もしかすると、俺の内側には、処理しきれていない感情の「未登記案件」が山積しているのかもしれない。
書類なら保存年限を過ぎれば捨てられる。
だが、心の奥底にある“昔の失恋”や“仕事の後悔”に、そんな期限なんてない。
サトウさんのひとことに救われた朝
「机はきれいでも顔が死んでますよ」
サトウさんがコーヒーを差し出しながら、笑って言った。
その言葉に、俺の中の何かがちょっとだけほどけた。
まるで、『サザエさん』のエンディングで波平が財布を忘れたのを見て、カツオが笑う、あの瞬間のように。
—日常は、ボケとツッコミの連続だ。
ただ、その“間”を受け止めてくれる誰かがいるかどうかで、全然違う。
書類の山より心の山のほうが高かった
それでも、午後になると再び俺の心は重くなる。
来客対応、電話の取次ぎ、相続登記の新案件。
山積する業務の合間に、ふとよぎる“誰かのために生きているのか”という問い。
昔読んだ探偵漫画の主人公はこう言っていた。
「真実はひとつじゃない。けど、向き合わなきゃ前には進めない」
俺はと言えば、向き合うどころか、自分の感情を“登記簿の別紙”みたいに後回しにしてきた気がする。
やれやれ、、、
今日も俺の心は、棚卸しできずに終業時間を迎える。
エピローグ
夕暮れ時、事務所を閉めて外に出ると、蝉の声がかすかに残っていた。
仕事は片付いても、俺の人生は整っていない。
でもまあ、それもまた味だろう。
探偵も怪盗も、事件があるからこそ輝くのだ。
そして俺は、小さな探偵事務所——もとい、司法書士事務所で、また明日も心の書類と格闘する。
いつか、自分の中の“未登記”を、誰かと一緒に“完了”できる日を夢見ながら。