段ボールの中の依頼書

段ボールの中の依頼書

午前十時に届いた段ボール

それは、何の前触れもなくやってきた。いつも通り、コーヒーをすすりながら戸籍の取り寄せ請求書を書いていた僕のもとに、無言の配達員が小さな段ボールをそっと置いていった。伝票に書かれた差出人名は、どこかで見たことがある気がするが、記憶の霧に包まれていた。

僕は「どうせまた誰かの間違いだろう」と心の中でぼやきながら箱を見下ろした。事務所の蛍光灯の光を受けて、段ボールの表面がじわじわと怪しい雰囲気を醸し出していた。

不在票もない不自然な配達

通常なら、留守中の配達には不在票が入る。しかし、この荷物にはそれがなかった。さらに妙なのは、配達員が名乗ることなく立ち去ったことだ。配達業者のロゴもない、ただの私服の青年だった。

「サトウさん、これ何か心当たりあります?」と聞いたが、彼女は顔も上げず「ありませんね」と一言。塩対応にも程がある。

荷物に貼られた旧字体の宛名

宛名には「司法書士進藤殿」と、古めかしい字体で書かれていた。進藤、つまり僕の名前ではあるが、今どき“殿”などと書いて送る人間は少ない。

その瞬間、胸の奥にわずかな違和感が生まれた。僕が忘れてしまっている何かが、箱の中にあるような、そんな直感だった。

段ボールを開けるべきかどうか

下手に開けて爆発でもされたら困る。しかしその不安は杞憂だった。僕が恐る恐るカッターで開封すると、中から現れたのは封筒が一通と、年季の入った登記簿の写しだった。

サトウさんがチラリと覗き込んできた。「それ、昭和五十年代のものですね。しかも法務局じゃなくて、旧住宅地図に記された地番です」——さすがだ。僕より司法書士っぽい。

サトウさんの冷静な一言

「シンドウさん、もしかしてこれ、過去の誰かからの依頼では?」彼女は冷たく、しかし核心を突いてきた。僕はうなずいた。「でも、今さら誰が何のために……」

正直、この時点で僕の頭は混乱していた。案件でもなければ報酬もないのに、なぜ僕が段ボールの謎を追う羽目になるのか。

中身は封筒と古い登記簿

封筒には、手書きで「開封厳禁 進藤以外手を触れるな」と記されていた。さすがにサトウさんも「変なのが来ましたね」と眉をひそめた。

登記簿は昭和53年のもので、所有者欄に僕の名字と同じ「進藤」という名が記されていた。だが僕の家系には、そんな土地を持つ者などいなかったはずだ。

差出人の名前が語る過去

封筒の裏には「進藤誠」と記されていた。僕の父の名前と一致する。しかし、父は数年前に亡くなっている。まさか死者からの依頼? 冗談ではない。

しかしその筆跡は、たしかに父が生前に使っていたものだった。あの独特の止めと払いは、子どものころから見慣れていたものだ。

すでに亡くなっているはずの人物

「まるで名探偵コナンに出てくる死んだと思った人物が実は生きていたパターンですね」とサトウさん。僕は「やめてくれ、そのパターンは大体黒幕なんだ」と肩をすくめた。

ただ、違和感は現実味を帯び始めていた。父の死に際、何か言いかけて飲み込んだ言葉を思い出す。

古い依頼と新たな事件

登記簿に記された住所を調べると、近隣の住宅地とは異なる地番だった。現在の地図に載っていない「幻の地番」だ。

古地図を調べてようやく場所を特定できたが、そこには既にアパートが建ち、地元では所有者不明土地として問題になっている場所だった。

中身に記された不可解な住所

その土地には、登記簿に残されたもうひとつの名義人の記載があった。なんと、それは父の親戚筋の名前だった。僕は目を疑った。

「やれやれ、、、また身内の土地トラブルか」と嘆きながらも、放っておくわけにはいかない。司法書士という職業は、縁と因縁を切ることができないらしい。

封筒の中の写真

封筒の中から出てきた一枚の写真。それは1970年代の白黒写真で、若い頃の父と、見知らぬ若者が肩を組んで写っていた。

そして背景には、例の幻の地番の家屋が映っていた。写真の裏には「昭和53年 約束の地にて」と書かれていた。

司法書士には関係のない顔

若者の顔は見覚えがなかったが、どこか不思議な親近感があった。僕の知らない父の顔、知らない土地、知らない契約。

「これは、単なる遺言じゃなくて、司法書士にしかできない仕事かもしれませんね」——サトウさんがポツリとつぶやいた。

やれやれ、、、足を運ぶしかない

翌日、僕とサトウさんは現地へ向かった。目的の土地はアパートの裏に、草に埋もれて残っていた空き区画だった。

そこに小さな石碑のようなものがあり、「進藤誠 私有地」と掘られていた。父は確かに、ここに何かを残していたのだ。

元所有者と失われた相続記録

法務局で調べると、その土地の登記は途中で宙に浮いていた。おそらく父が依頼を受けて登記手続きを進めようとしたが、何らかの事情で頓挫したのだろう。

僕は手続き資料を揃え、失われた相続手続きを丁寧に再構築した。まるで幽霊の登記簿を現世に呼び戻す儀式のようだった。

サトウさんの一撃で真相へ

最後の決め手となったのは、地元役場でのサトウさんの質問だった。「この旧字の地番、もしかして昭和期の地割り変更前のものでは?」

係員が古い地図を持ち出し、ようやく一致することが判明。僕は思わず頭を下げた。「助かったよ、名探偵サトウさん」

事件のあとに残ったもの

手続きが完了し、土地は正式に相続人へと移転された。段ボールの依頼は、遺された家族の希望だったのか、それとも父のけじめだったのか。

帰り道、事務所に新たな荷物が届いていた。今度の差出人は見知らぬ名前。「やれやれ、、、また始まるのか」僕はそうつぶやいて、段ボールを見つめた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓