朝の通知表
サトウさんの無慈悲な一言
「昨日の申請、印鑑証明の添付忘れてましたよ」
朝イチのサトウさんの一言は、カフェインより強烈だった。
僕は思わず、机に突っ伏しながら「やれやれ、、、」と呟く。
コーヒーより苦い相談者の声
電話口からは切羽詰まった声が届いた。年配の女性が、父の土地の登記に「知らない名前」が記載されていたという。
「そんなはずないんです。父が亡くなる前に『お前の名義にする』って…」
奇妙な話だった。登記上の所有者名は、家族でも親族でもなかった。
依頼人が持ち込んだ登記簿の謎
仮名で登記された土地の正体
届いた登記簿謄本には、どこかで見たような名前があった。「田中健一」。
この名前、登記簿には時折出てくる。だが、実在する人物かどうかは不明だ。
過去にも、この名義人が関与した登記が存在していたが、すぐに売買されていた。
矛盾する契約書の署名
相談者が保管していた遺言と契約書。そこには確かに相談者の名前が書かれていた。
だが、登記名義は違う。「仮登記として名前だけ貸してもらった」とは考えにくい。
僕は、いくつかの過去の事件と照らし合わせることにした。
役所では答えてくれない事情
法務局の無言の圧力
法務局の職員は、登記内容には干渉しないのが建前だ。
「名義人が誰か、というのは申請人の責任です」とだけ繰り返す。
まるで「マスオさんは本当に婿養子か」という議論のように、真相は家庭内に隠れている。
登記簿から見えてくる裏の顔
僕は、田中健一名義の土地を洗い出し、サトウさんにリストアップを頼んだ。
すると驚くことに、複数の不動産で彼の名義が一時的に記載されていることがわかった。
これはただの偶然ではない。意図的に「仮名」で登記していたのだ。
シンドウの一人推理劇場
元野球部の記憶力がうっかり光る
昔の案件を振り返っていると、ある時の売買契約が思い出された。
「あの時も仮名っぽかったな…。しかも売買直後に法人が絡んでいた」
忘れていたファイルを引っ張り出し、再度確認。ピースが一つ、はまった。
土地の名義に潜むもう一つの意味
仮名登記は違法だが、実際には使われることがある。特に税逃れや債務回避が目的だ。
今回のケースも、父親が資産を一時的に隠すために使った可能性が高い。
「田中健一」は、おそらく信頼できる業者か代理人。だが、すでに連絡は取れない。
サザエさんに例えると…
「マスオさんが仮名だったら」理論
「つまりこういうことです。マスオさんが仮名で磯野家に住んでたとしたら…」
サトウさんが白板にマジックで登記の相関図を描く。波平、フネ、サザエ…誰が誰の名義?
「笑えない例えですけど、わかりやすいでしょ?」
サトウさんの冷静すぎる補足
「つまり、田中健一は実体のないマスオさんです」
僕が軽くむせると、サトウさんはため息をついた。
「でも、証拠はあります。これ、過去の所有権移転時の登記申請書副本です」
浮上する偽名の正体
かつての所有者との奇妙な一致
さらに調べていくと、なんと田中健一の住所が、元の地主の法人と同じビルだった。
法人登記にはその名前は出てこない。だが、そこにはある司法書士事務所が入っていた。
そしてその司法書士、過去に数度行政処分を受けていた人物だった。
仮登記と本登記の落とし穴
仮登記されたまま放置された土地。時効取得を狙ったか、あるいは売却後の逃げ道か。
いずれにせよ、意図的なものだろう。相談者に説明し、改めて真の所有権回復を目指す手続きを提案した。
「やれやれ、、、こんなところでまた仮名と闘うとはな」
事件の真相とその結末
不正登記の意外な動機
動機は単純だった。父親が税金を逃れるために仮名を使った。それだけだった。
だが、それによって娘は相続権すら危うくしていた。登記は嘘をつかない。ただ、沈黙するだけだ。
無効を主張する準備を整え、僕らは訴訟と登記回復に向けて動き出した。
最後に笑ったのは誰か
名義は戻り、娘は無事に土地を相続した。
だが、最終的に得をしたのは登記実務を知る我々だったかもしれない。
「シンドウさん、次は印鑑証明忘れないでくださいよ」
サトウさんの毒舌総括
「さすがに今回は褒めます」
「仮名でも、登記でも、よく気づきましたね」
褒められたことに戸惑うと、「褒めたのは一回だけです」と冷たく釘を刺された。
まあいい。今回は僕にしては上出来だったのだから。
次回のための反省会議
「仮名登記の次は何がくるでしょうかね」
「やっぱり、遺言書偽造ですかね」
やれやれ、、、次の戦いが、もうそこに見えている。