登記と後見と曇り空
依頼人は涙を浮かべていた
午後の来客は、少し震える声で「父の後見人を調べてほしい」と言った。書類の束を抱え、ぽつりぽつりと語られる経緯は、まるで推理漫画の導入のようだった。戸籍謄本には確かに後見人の記載がある。だが、依頼人はそれを「知らされていない」と言った。
父の後見人が知らぬ間に決まっていた
成年後見制度は家庭裁判所の判断で進むとはいえ、まさか実子に知らせず決まるものか? その疑問が、僕の司法書士としての鼻をくすぐった。依頼人の持参した診断書と、後見人選任審判書には違和感があった。どこか、不自然なのだ。
戸籍と診断書と封筒の謎
提出されていた成年後見申立書
封筒の中から出てきたコピーは、申立書の控え。申立人の署名は兄の名前。しかし、依頼人は「兄はその時期、海外にいた」と告げた。提出日は確かに日本のカレンダーだが、兄のパスポートのスタンプは、申立日当日の出国を示していた。
病院名と筆跡の違和感
診断書に記された病院名は、町内の老人病院。しかし、サトウさんの調べによると、該当医師は「その日、学会で不在だった」らしい。筆跡は微妙に揺れている。恐らく、何かを見ながら写した文字。素人による模倣の匂いがぷんぷんする。
サトウさんの調査開始
「これは変です」塩対応でもキレは健在
サトウさんが眉ひとつ動かさず呟く。「封筒の糊、すごく雑です。最近貼られた感じがします」。いつもながら冷静で頼もしい。僕が気づかないことを、当然のように拾い上げてくれるあたり、キャッツアイの瞳のような観察眼を持っている。
やれやれ、、、と思いつつも調べてみれば
僕は司法書士。探偵じゃない。でも、こういう時は昔の野球部の根性が顔を出す。やれやれ、、、今日も残業確定か。登記簿や提出記録、消印の状態を一つひとつ確認する。面倒くさいが、こういう地味な作業の先にしか真実はない。
公証人の証言と不在の面談
記録には存在しない面談
後見申立に添付されていた「同意書」には、公証人役場の名前があった。だが、その役場に記録は存在しなかった。書類上の“面談”は、どうやら幻だったらしい。公証人の署名も、よく見ると微妙に歪んでいた。偽造の可能性が浮かぶ。
元後見人候補者の突然の死
調査の過程で、かつて別の後見候補者が存在したことが分かった。しかし、その人物は審判直前に急死していた。不審死ではなかったが、遺族が争いを避けた結果、あらゆる経緯が闇に葬られていた。だが、それが誰かの都合と一致していた。
怪しい親族の登場
財産目当ての兄と無関心な妹
依頼人の兄は、父の不動産管理の名義変更を急ぎ、司法書士を探していたという情報が入った。妹はほとんど家に寄りつかず、連絡も絶っていた。家族の分断、それは遺産をめぐる静かな戦争の布石だった。
遺言との食い違い
父の古い遺言書が金庫から発見された。それには、明確に「後見人は長男以外の第三者に」と書かれていた。現在の後見人が長男であることは、その遺志と真っ向から矛盾していた。そして、そこに決定的な違和感が生まれた。
郵便消印に残された手がかり
日付の不自然さが導く真実
サトウさんが気づいたのは、消印の日付。申立書の封筒には、存在しない祝日の日付が押されていた。つまり、それは“後日押された偽の消印”だった。僕らは急いで郵便局に照会をかけ、その消印機が別支局のものだと突き止めた。
封筒に貼られた切手の落とし穴
さらに、切手が微妙に曲がっていた。これは、裏面に何かを隠しているサインかもしれない。丁寧に剥がすと、下には別の封筒から切り取った“提出先”の表記が隠されていた。それは兄の会社名だった。ついに繋がった。
シンドウの推理開始
後見申立書の真の筆者は誰か
僕はあらためて全書類を俯瞰し、点と点を繋いでいく。申立書の筆跡、提出先、切手の位置、遺言内容、それらが導くのはただひとつ。兄は、父の認知症を口実に後見を奪い、財産を囲い込もうとしていた。そして、そのためにすべてを偽装した。
公証役場のカメラに映っていたもの
役場の防犯映像は辛うじて保存されており、そこには“兄の部下”が資料を持ち込む姿が映っていた。兄本人は不在だった。つまり、書類は部下に偽装させて提出されていた。これで、兄の関与は明白になった。
真実へのカウントダウン
「後見人は兄ではなかった」
提出日や筆跡、消印偽装を根拠に家庭裁判所へ報告書を提出。その結果、審判は取り消され、新たに専門職後見人が選任された。依頼人の父は、ようやく本来の意志に沿った保護を受けることになった。
後見制度の盲点を突いた偽装工作
今回の事件は、制度のすき間を突いた偽装劇だった。だが、ちょっとした“違和感”がなければ、誰も気づかなかっただろう。紙の世界は、嘘も正義も同居している。だからこそ、見抜く目が必要だとあらためて感じた。
解決と後味と秋風
父の意志を取り戻すために
依頼人は涙ぐみながら頭を下げた。「ありがとうございました。父の思いを守れた気がします」。正義は戻った。けれど、家族の亀裂は埋まらない。それが後味の悪いところだが、現実というのはいつだってそんなものだ。
後見の制度に潜む弱点を知る
僕は静かに書類を綴じ、机に置いた。法が守るのは人の権利であって、感情までは救えない。けれど、少しでも“正しい筋道”に戻せたなら、司法書士としての仕事は果たしたといえるだろう。
事務所に戻って
サトウさんの無言の笑み
事務所に戻ると、サトウさんがコーヒーを差し出した。塩対応とは思えぬ優しさに、思わず目を細めた。何も言わず、でもすべてを見透かすような目。まるで名探偵の助手のようだ。
「お疲れさまでした、、、じゃなくてやれやれ、、、だな」
僕は肩を落としながら笑った。「お疲れさまでした、、、じゃなくてやれやれ、、、だな」。ほんと、司法書士ってのは、地味だけど泥臭くて、やりがいのある仕事だ。明日もまた、なにかが起こる気がしてならない。