依頼者の沈黙
ある日届いた登記相談
「祖父の登記って、まだ完了してないんですか?」
電話口の青年は、語尾に戸惑いを残したまま、そう尋ねてきた。
不動産の相続登記のはずが、祖父が既に亡くなって十年近く経っているというのに、何も動いていないというのだ。
祖父の家を巡る不穏な空気
住所はこの街のはずれ、年季の入った瓦屋根の古民家だった。
何度か前を通ったことがあるが、あの家にそんな事情があったとはつゆ知らず。
訪れてみると、周囲の近隣住民は妙に口が重く、「あの家はちょっとね…」と語尾を濁した。
消えた登記済証
押し入れの奥にあった空封筒
依頼人が持参したという段ボールの中には、帳簿、古い写真、戦後すぐの土地台帳の写しまで入っていた。
だが、肝心の登記済証は見当たらず、あったのは「○○法務局」と書かれた黄ばんだ封筒だけ。
封筒の中は空で、何かを盗まれたような、そんな不気味さが残っていた。
旧姓の名義に隠された違和感
不思議なことに、登記簿には「田中喜一」という旧姓が記載されたままだった。
依頼人の話では、祖父は戦後に養子縁組をして改姓しているという。
だが登記名義が改正されていないままというのは、不自然すぎる。
隠された過去の売買契約
昭和の取引に潜む矛盾
役所で閲覧した過去の資料には、昭和49年に売買された記録が残っていた。
だが、それはどう見ても祖父が自分自身に売ったような、奇妙な内容だった。
登記申請書にも、売主と買主が同一人物という記述がある。
元同僚の司法書士に接触
「確か、あの頃は…司法書士の松谷が担当してたはずだよ」
登記官がふと漏らした一言で、古参の司法書士・松谷に連絡を取った。
松谷は、コナンに出てきそうなひねくれた風貌で、「あの依頼は、妙だったよ」と意味深に言った。
サトウさんの冷静な推理
「この筆跡、ちょっとおかしいですね」
押収した書類を見たサトウさんが、さっとボールペンを走らせながら指摘した。
「こことここ、同じ人が書いてるはずなのに、字体が揃ってません」
見れば、確かに『喜一』の“喜”の部分だけ、明らかに他人の筆跡だった。
筆跡鑑定から浮かぶ一人の人物
専門家の筆跡鑑定によって、「名義改ざんの疑い」が強くなっていく。
しかもその筆跡は、依頼者の叔父・田中実と一致した。
この登記、どうやら故意に止められていたようだ。
やれやれ、、、また厄介な相続だ
登記簿の真実と祖父の意志
祖父は自分の死後、家を「長男ではなく孫に残す」と周囲に言っていたという。
だがその意思は、登記という公的手続きの中で、誰かに邪魔されていた。
僕は資料をまとめながら、ため息交じりにつぶやいた。「やれやれ、、、また面倒な話だな」
不審な名義変更のからくり
登記簿の調査により、仮登記が抹消されていない状態であることがわかった。
しかも、その仮登記申請は、すでに亡くなっているはずの祖父の名前でなされていた。
筆跡は明らかに叔父のものであり、詐欺的登記の可能性が浮上する。
真犯人は身内にいた
仮登記のトリックと偽装書類
サトウさんが不意に呟いた。「ここ、印鑑の向きが反転してる。コピーを左右反転したのでは?」
調べてみると、叔父は偽造印を使って仮登記を進めていたのだった。
すべては「祖父の家を処分し、借金返済に充てる」ための計画だったのだ。
通帳の影から浮かぶ相続放棄の事実
依頼者が見つけた古い通帳には、祖父から孫への小さな振込が繰り返されていた。
その直後、叔父は相続放棄の書類を提出していたことが判明。
つまり叔父にはこの家を処分する権利など、最初からなかったのだ。
司法書士の一手
法務局への照会と裏付け
僕は法務局に照会をかけ、登記簿の附属書類の写しを請求した。
古い書類に残された訂正印と、最近の書類にある筆跡が明らかに異なっていた。
これが決定打となり、登記官の承認を得て仮登記は無効とされた。
登記官とのやりとりで核心へ
登記官は唸りながら言った。「久しぶりに骨のある事例でしたよ、シンドウさん」
「いやはや、疲れましたよ」と返すと、横のサトウさんは「あれで疲れたって言うんですか?」と塩対応。
やれやれ、、、俺の胃はもう限界だ。
サインと実印が語るもの
祖父の筆跡を取り戻す
最終的に祖父の直筆の手紙が、遺品の中から見つかった。
その文字は確かに、登記簿の古い筆跡と一致していた。
あの家を孫に譲りたいという祖父の想いが、文字を通して伝わってきた。
登記をやり直す、その覚悟
依頼人は深く頭を下げた。「ようやく祖父に顔向けできます」
僕は必要書類を一式揃えながら、「これからが本番ですよ」と笑って見せた。
登記はやり直せても、家族の傷は少しずつ癒していくしかない。
事件は終わったかに見えたが
祖父の遺言の裏ページ
手紙の裏には、見慣れない住所と名前が書かれていた。
「まさか、隠し子か?」という依頼人の一言に、場が一瞬凍りついた。
僕は思わず、目をそらしながら書類を閉じた。
遺されたメモに書かれた一言
「家は心でつながるものだ」
祖父が残したその言葉が、今も頭から離れない。
それは、登記簿にも書けない、大切な真実だった。
静かな登記完了の朝
依頼者の「ありがとうございました」
申請が通り、無事に登記が完了した朝。
依頼者は感極まり、「本当にありがとうございました」と言ってくれた。
その言葉に、少しだけ救われた気がした。
今日もまた事務所にはコーヒーの香り
事務所に戻ると、コーヒーの香りが静かに迎えてくれた。
サトウさんはいつものようにパソコンに向かっていたが、少しだけ口元が緩んでいた。
僕はカップを手に取り、小さくつぶやいた。「やれやれ、、、次はどんな依頼が来るんだろうな」