登記簿に現れた異変
処分事項欄に記された不可解な一文
ある朝、事務所に届いた一通の登記簿謄本。依頼人が所有しているはずの土地に、不自然な記載があった。「贈与 令和4年9月吉日 甲から乙へ(感謝と永遠の愛をこめて)」——処分事項欄に、まるでラブレターのような文言が記されていたのだ。 こんな詩的な処分事項欄は見たことがない。通常は事務的な文言しか記されないはずだ。俺は思わずサトウさんを呼んだ。 「サトウさん、これ、どう思う?」
依頼人の焦燥と沈黙
「覚えがないんです、本当に……」 依頼人の女性は、書類のコピーを何度も見返しながら首を振っていた。確かに彼女の名前は乙欄にある。しかし、この贈与については「寝耳に水」だという。 何よりもおかしいのは、法務局で取得したばかりの正式な登記簿に、まるでポエムのような処分事項が残っていることだった。
かすれた印影と記憶
古い謄本に残る恋の痕跡
過去の謄本を取り寄せると、3年前の登記にも同じ土地の名義変更があった。だが、そこには処分事項欄の「愛の告白」は記載されていなかった。 俺はコピーを指でなぞった。印影が微妙にかすれていることに気づいた。これは、後から押された可能性がある。あるいは、一度修正され、再登録されたのか。 「やれやれ、、、恋の記憶ってのは消えづらいらしいな」
筆跡の違和感が語るもの
印影の下にあった筆記体風の文字に、妙な引っかかりを覚えた。通常、処分事項欄の文言は登記官が入力するため、こんな遊び心は存在しない。 念のため、筆跡鑑定を依頼した。結果は、登記官の手によるものではなく、別人が後から書類に手を加えた可能性を示唆していた。
サトウさんの冷静な分析
印鑑証明の落とし穴
「この印影、偽物です。印鑑証明と照合しても一致しませんでした」 サトウさんは涼しい顔で言い放った。俺が3時間かけて悩んだ末に出せなかった答えを、たった15分で導き出してくる。 「つまり、これは“恋”なんかじゃない。ただの不正登記です」
元恋人が名義人だったという告白
依頼人がようやく重い口を開いた。「その土地、昔、私の元恋人が持っていたんです」 「ええ、でも別れて……その後は連絡を取っていませんでした」 別れた男が、何の連絡もなしに土地を贈与するだろうか?それも、詩的な表現を添えて?そこには何か、別の意図が隠れているようだった。
元登記官の証言
深夜の書換と監視カメラの死角
調査の末、俺たちは一人の元登記官に辿り着いた。彼は異動前、問題の登記を扱っていた。 「実はな、あの夜、誰かが勝手に職員IDで端末にログインしてた形跡がある。記録は消されていたが、ログは残ってた」 監視カメラの死角。あの時、誰かがこっそりログインして書き換えたのだ。
やれやれ、、、また余計なことを思い出してしまったよ
元登記官は煙草に火をつけながら呟いた。 「やれやれ、、、また余計なことを思い出してしまったよ。あれは“恋”なんて上品なもんじゃなかった。ただの執着だったよ」
恋か偽装か
贈与契約書に隠された矛盾
土地の贈与契約書を精査すると、そこにも違和感があった。乙の署名が微妙に不自然だったのだ。専門家に確認したところ、フォント模写による偽造の可能性が高いという。 「全部、仕組まれてたってことか……」 俺は契約書を閉じ、深く息を吐いた。
真実の所有者をめぐる攻防
調査の結果、贈与の名義人である乙は、実際にはその土地に一度も足を踏み入れていなかった。 それどころか、贈与前には別の男がその土地を転売しようとしていた形跡まで出てきた。どうやら、土地を担保に金を借りようとしていたらしい。
浮かび上がる第三者の存在
知られざる後見人の影
調べていくと、贈与者には成年後見がついていたことが判明した。つまり、本人が贈与契約をすること自体が法律上不可能だったのだ。 では、誰がその意思を捏造したのか? その名前は、依頼人の元恋人と対立していた人物だった。
恋愛感情を利用した登記の罠
全ては「恋」という幻想を利用した巧妙な登記のトリックだった。贈与という事実に、ほんの少しの感情的要素を加えることで、真実を覆い隠そうとしたのだ。 「怪盗キッドでもここまではやらないでしょうね」とサトウさんが皮肉を言った。
封じられた録音データ
USBに残された最後の会話
元登記官の机の奥から見つかった古いUSB。中には、当時の電話録音データが残されていた。 「君が欲しいのは土地じゃない、思い出なんだろ?」 甘ったるい声とともに、後ろに響く紙をめくる音。登記申請書の音だ。
処分事項欄が示す別れの記録
録音の最後には、確かにこう記されていた。 「これで君と僕の関係も、正式に終わりだ」 まるで、愛の記録が法務局に刻まれるかのようだった。
シンドウ、現場へ向かう
登記申請書に書き換えの跡
現地調査に出向いた俺は、古びた家屋の引き出しの奥から、修正液で消された登記申請書を見つけた。 「名前が……二重に書かれてる……?」 犯人は、愛の贈与ではなく、完全な偽造を狙っていたのだ。
これは、、、もしかして
ふとした拍子に紙の隅に貼られたメモが目に入った。 「すべては愛の名のもとに」 やれやれ、、、こんなドラマみたいな仕掛け、実務じゃ通用しないんだがな。
真実の暴露
全ては保険金目当てだった
登記を偽造し、土地を担保に借金を重ね、その土地に火をつける。それが元恋人の狙いだった。 恋愛の仮面をかぶった保険金詐欺。処分事項欄に書かれた愛の言葉は、ただのカモフラージュだった。
サトウさんの推理が導いた終点
「最後に名義変更を試みたのは、犯人が火をつける直前。その時点で所有者を偽装すれば、罪を逃れられると思ったんでしょうね」 サトウさんの鋭い分析に、俺はただ頷くしかなかった。
記録と記憶のすれ違い
恋は登記されなかった
処分事項欄に残された「愛をこめて」という言葉。その裏には、何の感情もなかった。 登記は事実しか記録しない。だが、人の記憶は、それ以上に都合よく、そして儚い。
もう戻らない恋の所在
事件は解決した。だが、登記簿に記された詩的な一文は、今もそのまま残っている。 「恋」は記録されなかった。ただ、処分事項欄の片隅で、誰にも気づかれず、ひっそりと息をひそめている。