偽りの取引士
朝一番の登記申請
朝9時前、まだ湯気の立つコーヒーを片手に事務所のメールチェックをしていたら、不動産会社からの登記依頼が届いていた。
案件は売買による所有権移転。書類もひととおり揃っている。だが、最初に目についたのは登記原因証明情報の書式が妙に古かったことだった。
「平成書式か、ずいぶん年季入ってるな…」思わず独り言が漏れた。
不動産屋の慌てた様子
連絡を取ると、担当者の声はどこか焦っていた。曰く、「今日中に申請しないと困る」とのこと。
「いつもお願いしている取引士の先生が急に体調を崩しまして…代わりの者が対応してますが問題ありませんので!」
その勢いに押されるように、「じゃあ、とりあえず持ってきてください」と返事をしてしまった。
登録免許税の妙な額
午後、届いた資料をもとに登録免許税の計算をしていたサトウさんが、ふと顔をしかめた。
「先生、この税額、相当安く見積もってますけど…これ評価証明が去年のです」
「え、そうか?ちょっと見せてくれ」書類を手に取ると、確かに評価額が旧年度のものだった。
なぜか重なる登記識別情報の発行請求
申請内容を見直していると、登記識別情報通知の発行申請が、売主・買主ともに記載されていた。
通常なら買主だけのはずだ。「うーん、これは、、、売主が識別情報を喪失してるのか?」
だが、添付された申述書にはその旨の記載もなければ、日付の整合性も取れていない。
取引士が現場にいなかった日
登記完了予定日を調べるために法務局へ問い合わせをしたところ、思わぬ一言が返ってきた。
「あの物件、先月も登記申請されてますよ。同じ不動産会社から」
「先月?じゃあ、なんでまた売買なんだ?」違和感が首をもたげた。
サトウさんの冷静なツッコミ
「先生、これ、契約書の署名筆跡も怪しいです。ついでに言うと、印鑑証明の日付も前回とまったく同じです」
「ほんとか!?うわ、見落としてた…」
「ええ、まるでサザエさんが毎週同じ曜日に波平に叱られるぐらいの規則性です」
サトウさんは無表情で皮肉を言い放つ。
やれやれ登記ってのは奥が深い
「やれやれ、、、」俺は頭をかきながら椅子にもたれた。
どうせ単なる申請代行だと思ってたら、まるで怪盗キッドのイリュージョン並みに手の込んだ偽装じゃないか。
「登記識別情報まで偽造されてる可能性あるぞ、これ」
登記済証の筆跡に違和感
封筒の中から出てきたのは、いかにも年季が入った登記済証だった。
だが、よく見ると名前の筆跡が契約書とはまるで違う。
ついでに、住所の「一丁目」と「1−」の表記ゆれも、なぜか書き分けられていた。
昔の委任状との一致
事務所の古い案件ファイルを漁ると、過去に同じ不動産屋が持ち込んだ別物件の委任状が出てきた。
その筆跡と、今回の売主の署名がまったく同じだった。
「完全に使い回してるなこれ…これはもう、遊戯王で言うところの墓地からの召喚だ」
偽造された認印の真実
印鑑証明と照合するため、区役所に出向いた。
対応してくれた職員は「これは…印影が微妙に違いますね。これ、コピーした上から押してるかもしれません」
「そりゃ無茶だ…いや、よくバレなかったな」
司法書士会からの通達
戻ると、机の上に司法書士会からのFAXが届いていた。
「最近、同様の偽造案件が複数報告されています。特に○○市内の物件で取引士が関与しているように見せかけた登記にご注意ください」
「ビンゴだな…」
元野球部の観察眼が冴えるとき
「決め球はやっぱりここか…」俺はもう一度契約書を手に取った。
よく見ると、ページの下にうっすらと消しゴムの痕跡がある。
「契約日、改ざんされてるな。しかも修正液じゃなくて消しゴムって…小学生の自由帳じゃないんだから」
犯人は取引士ではなかった
話を聞き込みしていくと、どうやら今回の“取引士”は資格も登録もない偽者だった。
「雇われ役者みたいなもんで、実行役は別にいるってわけか」
裏で糸を引いていたのは、不動産会社の営業部長だった。
本物の書類に隠された嘘
最終的に提出された新たな委任状には、公正証書と実印が添えられていた。
しかし、それでも俺たちは納得できなかった。日付、内容、そして登記簿の変遷…どこかまだ矛盾が残っている。
それは「本物の中に偽りを仕込む」という、コナンでもたまに見る高度なトリックだった。
サトウさんの冷たい視線と一言
「先生、全部わかってて、最後に顔真っ赤にして怒るタイプですね」
「いや、ほら、こういうのってちゃんと見極めないといけないからさ…」
「でも、朝イチで“なんかおかしい”って言ってたの、私ですけどね」
サトウさんの目が冷たい。
謎が解けた後の静けさ
夕方、法務局に登記の差し押さえ手続き書類を提出し終えた後、事務所に戻ると、ようやく静けさが戻ってきた。
「あの“取引士”、なかなかやるな…っていうか、役者志望とかじゃないよな」
俺は缶コーヒーを一口啜りながら、ぼそりとつぶやいた。